第一話 ―― 魔人と魔獣と魔導騎士-32
「――な、なんだとっ?貴様……それは本当か!?」
マデリーンの怒声が、少し距離のあるアリスの耳にも聞こえた。
見ると、上司は藍色のローブの青年――ゲルハルトの襟首を掴んでいた。
ゲルハルトは苦悶の表情を浮かべながら言う。
「ほん、と……っす……」
「貴様らは正気かっ!」
さらにマデリーンは掴んだ襟をゲルハルトごと宙高く浮かせた。
マデリーンとゲルハルトの身長は大差ない。
ゲルハルトは完全に地に足が着いておらず、パタパタ、と足を泳がせた。
その様子を目に、さすがに周囲の親衛隊の隊員たちは激昂する上司をなだめにかかる。
彼らの背後ではこのような血の気の多いことには慣れていないエレナがオロオロとしていた。
砦を脱出した一行は馬車を二時間ほど走らせた森の中で休憩を取っている。
ここで、パスクと落ち合う手筈になっているのだという。
追っ手の心配もあったが、もし、パスクが敗北し、砦からの追っ手があったならばペガスス国境までは逃げ切れないのだ、待たない理由にはならない。
そんな森での休憩も一時間ほどが経とうというときであった。
なんとか、説得し、落ち着かせたマデリーンと顔を真っ赤にさせて咳き込むゲルハルトを交互に見やったアリスはふたりのすぐ近くにいたパンとパトリシアへと事情を訊ねる。
「……どうしたんだ?」
「ん?ああ……その大女がボウヤに訊ねたのよ、パスクはなにをしたのかって。んま、あんな闇の柱を見ちゃあ、聞くなってほうが無理あるけどね」
「で、なぜ隊長はあんな激怒されて――」
「あははっ!馬鹿だからよ、ゲルフ――ゲルハルトがね。あの馬鹿、はしょり過ぎ!んで、自業自得ってわけ〜」
始めの質問にはパンが、次の質問にはパトリシアが答えた。
だが、ニヤつくパトリシアも充分、はしょっている気がするのはアリスの気のせいだろうか?
仕方なく、アリスは話しの通じそうなパンに――人間の魔導師よりも猫のほうが、話しが通じるというのもおかしな話しだったが――聞き返した。