第一話 ―― 魔人と魔獣と魔導騎士-12
「…………アリス・バハムント、か?」
「は、はいっ」
アリスのその返事に答えるように闇の奥から一つの人影が現れた。
砦側から与えられたものだろう、麻のシャツを着た長身の女性だ。
年の頃は三十二、三、一週間以上もの囚人生活のため、さすがにその端整な小麦色の顔は煤けていたが、それでも、ショートカットにした髪の透けるような綺麗なオレンジ色は健在だった。
マデリーンが牢から出てくる。
アリスだって、女性では高い身長を誇っていたが、それでも、マデリーンには頭半分ほど、負けていた。
マデリーンはアリスが差し出した濡れタオルで顔をゴシゴシと拭く。
そして、顔を上げると褐色肌の妙齢の美女がそこにいた。
続いて、アリスが持つ、銀で装飾のなされた戦闘槍を見つめると首を傾げる。
その銀槍『エンリコ』はマデリーンのモノなのだ。
「……?アリス、おまえは一体、なにをしにきたんだ?」
「は?はい――その、脱出しに……」
「脱出だと?……ふむ、なるほど。私はてっきり、アリスに続き、私まで慰み者に――」
「なぐさっ?〜〜た、隊長ッ!」
「だが、その様子では、件の『魔人』を篭絡したのか?あの、卑怯者を……」
「……まぁ、似たようなものです」
アリスは背中に冷や汗をかいた。
パスクは自分たちを捕虜にする際に魔術で奇襲、親衛隊の戦闘能力を一時的に麻痺させている間にエレナを人質に取り、投降を呼びかけたのだ。
そのため、親衛隊三十八名全員が無事ながらも捕虜となったのである。
パスクは「ああするしか方法がなかった」と言っていたが、実際、精鋭である親衛隊を、誰一人殺さずに投降させるにはあれしかなかっただろう。
しかし、騎士の忠誠を弄ばれたのだ、アリスは良いとしても他の親衛隊――特に誇り高い、マデリーンにはよほどの屈辱だったはずだ。
そんな上司に「それが、恋人になって――」などと言ったら……。