青かった日々〜切欠〜-5
「137キロ」
直人が呟いた言葉が自分に向けられたものだと気がつくまでに、二秒程かかった。
「無駄にいいコントロールに、カーブにスライダー。練習試合も数えりゃ打率は四割越え。少なくともあいつがボコボコに負けた試合は見たことも聞いたこともねえよ」
ちびちびとコーヒーを飲みながら、梓は続きの言葉を待つ。直人はしばらくの間悟史と少年を眺めていたが、いきなり一息にコーヒーを飲み干した。
「強豪校に行けばもっと凄くなってたかもな。構堂館にも誘われてたみてえだし」
「構堂館から。凄いね」
構堂館高校。この地区では名を知らない者はいない。
二千を超える生徒を抱えるマンモス校であると同時に、スポーツ全般で輝かしい活躍もしている。
さらに続きがあるのかと梓は待ったが、直人は何も喋らない。
多分この話は終わりなのだろうが、どうしても一つ聞きたいことがあった。
「なんで行かなかったの」
「知らねえ」
即答だった。
きっと、直人は理由を知っている。だが、それは触れてはいけない箇所なのだと改めて確認した。
「そっか」
返事とほぼ同時、直人と少年……健太がドアを開けて戻ってきた。健太はフラフラだったが、直人の姿を見た瞬間に身を固くする。
「なんだ直人、いたのか」
「まあな。で、特訓の成果はどんなもんよ」
悟史はたかだか一日で劇的に変化するわけがない。と前置きを置いてから、だが悪くないと評価した。
そのまま遊んでいくかと悟史は言ったが、直人は自分の図体に怯えている健太を見て、止めておくと返し、先に帰っていった。