龍之介・四-4
(・・・姉さんが俺を頼りにしている・・・)
「明後日が休みなんだけど何時に行けばいい?」
『大丈夫なの?じゃあねえ、午前中でもいいよ。時間は任せる。龍くんが来たい時に来て』
相変わらずはっきりしない答えだった。
俺に気を遣ってるのか全く考えていないのかよくわからない。
約束だけしてさっさと電話を切ってしまった。
(何か、様子が変だったな。いつもより少しテンションが高いというか、呂律がおかしかった)
今日は寝られないだろうなと思ったが、さすがに疲労には勝てなかった。
そして約束の日、事前に電話して昼より少し前に行くと告げた。
職場及び配達先も都内ばかりで、仕事以外で東京に行くのはこれが初めてだった。
「ここか?」
メモ書きの字を目で数回なぞり、アパートの名前が一致しているのを確認する。
すぐ近くに赤い屋根の一軒家があるのも確認した。間違いない、ここだ。
三階建ての白い外壁、大きくはないが出来てまだ数年の新しいアパート。
住所を見て実家よりはこっちからの方が職場には近いな、と何気なく思いながら階段を上がる。
(この奧にいるんだよな。姉さん、どんな顔するかな)
約束したのにさっき迄会うのは怖かった。
でももう来てしまったので腹を決めるしかない。いったいどんな顔を見せればいいんだろう。
深呼吸してから呼び鈴を鳴らした。
「はぁーい」
姉さんの声を聞いて、心臓がずきんと膨れる。
続いて足が床を擦る音が聞こえてきた。本当にもうすぐそこまで来てるぞ。
「よ、おひさ」
ドアを開き、俺としっかり目を合わせながら姉さんが敬礼のポーズを取った。
「・・・・・・」
返事に詰まって取り敢えず会釈だけした。
腰まで伸びていた黒髪を肩まで切り落とし、茶髪の毛先がパーマでふわりとしている。
胸元にフリルのついた黄色いノースリーブで、下は膝くらいまでのスパッツを履いていた。
(携帯を通して見るのと違う・・・)
「用事ってなんだよ。わざわざ呼び付けるくらいの、大事な話なんだろうな」
「うん。ちょっと、いやかなり重要な任務なんだ。引き受けてくれる?」
その言い回しで嫌な予感がした。
確かに、姉さんにとっては大事だろう。だが俺にしてみればなんて事も無い。
「コックローチ襲来、か」
「そうそれ!お願い、龍くんならなんてこと無いでしょ?」
どこの家にだっている例の黒い虫。
姉さんは、4文字の名前が耳に入る事すら拒絶する程、そいつが嫌いだった。
もし出たら、例え俺が寝ていようが叩き起こし、退治を強要していた。
だからその4文字でなく他の言語に言い換えないと怒るのだ。