オカシな関係1-8
「美佳ちゃん、これね。で、こっちはウチの自信作のケーキ。おばさんに渡してね」
「ありがと…」
いつもの小箱とケーキの箱。
「じゃね、ばいばい」
涼ちゃんはいつも通りに帰っていく。
いつもの光景すぎて、ウェイトレスも彼に付いて水を運んだりしない。
小箱を開けたら、小さなカップケーキ。網目模様の飴のハートとピンクのチョコレートのハートが飾られていた。
あいつの正体なんか知らなきゃ良かった。
そしたら、あいつの気持ちなんか知らんぷりできたのに。
──だって、私は恋人なんかいらない。
「…じゃね、…ばいばい」
その日を最後に私はその店でランチをしなくなった。
別に無くした物なんかない。
なのに、あいつがいつのまにか私の中に入り込んでいたらしく、ぽっかり穴が空いているような気がする。
がちゃがちゃうるさかったからね。
でも、まあ、そのうち慣れる。
強がりでもなく。
このまま。
過去には砂が降り積もる。
ひとつかみずつ。
初めは見えていたものも輪郭だけになり、やがてはそれも分らなくなる。
ただ、消えないものがある。
未だ鮮明に、私に突きつける光景。
これこそ、奥深くもう二度と見えないようしたいのに。
思い出したくないのに。
だから、全部まとめて埋めてしまいたいのだ。
じゃね…ばいばい。
でも、これは傷だから。私自身に付いて回る。
だから、埋まらない。
風化しない。
コレが薄まり、消えてしまうことがあるのだろうか。
もしくは、気にならなくなることがあるのだろうか。
「もー。なんで来なくなっちゃうんだよ」
涼ちゃんが私の腕を引いた。
待ち伏せされていた。
50メートルほど先に、スナックがある。
あのファミレスにいかなくなって3日だ。
なんで、行かないのか考えなさいよ。
「はい」
涼ちゃんは私にいつもの小箱を差し出した。
「だめよ。私、あんたのこと、弟にしか思えないもん」
「だめかなあ。俺、絶対大事にするよ?」
「はいはい。涼ちゃん、朝早いんでしょ。お家帰ってねんねしなさい」
「ちぇ。子供じゃないんだから。言われなくてもちゃんと寝るよ。」
そういうと、突然涼ちゃんの腕が私の首に回って引き寄せられた。
「それでも、大好き。俺、あきらめないもんね」
耳元でそう囁いて駆けだしていった。
鞄に白い箱がねじ込まれている。
ばか。ばか。
なんてことすんのよ。
でも、不思議。もっと取り乱すと思ってた。
少しずつ。好転しているのかもしれない。
赤い三日月がビルの向こうに消えた。