「タワー」-6
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ああ、というため息がおもわず漏れる。
東京タワーからみる夜景は本当に綺麗だった。
丸い水晶に金箔を極端に薄くしてはりつけたものを、一面に散りばめたかのようだった。
それは命の光の束。人間の知恵の結晶のかたまり。努力の汗の滲んだ輝き。
ここでいいんじゃないか?。
そんな言葉が不意に浮かんだ。
自分の中の自分という部分から遠く離れた別の自分がそう言った。
もうここでいいんじゃないか?と。
目を見張る程綺麗だった。一晩中此処にいても、感情の起伏の少ない自分でも飽きないような気さえしていた。
そんな場所を選ぶ権利がぼくにあるのか?
離れた自分に、問いかけた。
あるさ。彼はそう言った。
もうお前の事を誰も見ちゃいない。人にも、世界にも、お前は見られていない。自分さえも、自分を見ちゃいない。
彼は不敵に笑う。
ぼくはもう一度夜景を見た。
それは命の光、人間の結晶、努力の輝き。
これから先、ぼくもこの一部になれるのだろうか。
こんな風にして誰かがタワーに立った時、綺麗、と心から言えるモノの一部になれるのだろうか。
ぼくは目を閉じて、頭を振った。無理だ。絶対に無理だ。
そうさ、お前には無理なんだ。
彼は尚も笑う。
誰も気付かない、お前が居なくなっても。
誰も知らない、お前が居た事も。
だれも分からない、お前が消える事も。
なあ?
彼はぼくの耳元に囁く。
誰も見ちゃいないなら、何をしたっていいだろう?
それは悪魔の誘いだろうか、それとも天使の導きだろうか。
ぼくはポケットに手を入れた。
太い刃の仕舞われたカッターがそこに入っていた。
ちょうど手首を深く切るには適当な大きさの。