「タワー」-5
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エレベーターで大展望台の二階に上がる。
東京タワーは、三階に分けられている。
大展望台一階、大展望台二階、特別展望台の、三層。
暦は11月。冬の始まりであり、秋の終わり。大型連休もなければ、学生のまとまった休みもない季節。
そして中途半端なその季節感は、東京タワーから客足を遠のかせるには十分だったらしい。
乗って来たエレベーターには最上階の特別展望台に行く人こそ何人かいたけれど、二階で降りるというもの好きはぼくしか居なかった。
エレベーターから降りた後、ぼくはエレベーターの真後ろに歩いて回りこんで、ガラス越しに小さくなった都市を眺めた。
理由は特には無い、ただ自分がここに居るという事をあまり知られたくなかったのかもしれない。
捨てる前に腕時計に映っていた時間は7時35分だった。
とすると今は午後7時40分くらいだろうか。
7時40分。
これが日本の最先端の都市の午後7時40分の景色。
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ショックは無かった。ぼくの中にあったのは本当に驚きだけだった。
だがショックは無くても、ぼくの心はそれで多少混乱していたのかもしれない。
やっと。そう思ってしまった。やっと起伏が来た、と。
ぼくはどこかで望んでいたのだ。自分の人生にも起伏が欲しい、本当に泣けるような、本当に心の底から笑えるような、そんな起伏が欲しい、と。
大学の不合格の通知はその序章であり、始まりだと思った。
自分の人生に訪れた、初めての大きな起伏、まずは挫折。それが大学の不合格通知。
そう、ぼくはあの時少しだけワクワクしていたのだ。少しだけ喜んでさえいたのだ。
ぼくの人生の折れ線グラフはやっと動き始めた、線が下に大きく沈んだ、だったら次は上がるはずだ、沈んだ分だけ今度は線が上がるような出来事があるはずだ、ぼくの人生は平坦なんかじゃなかった。そう思った。
そうだ、ぼくが勉強を始めたのはそれがきっかけだった。
線は動いた、ぼくの時間は動きだした。
だったらそれにぼくの努力を重ねれば、もっと良い事が起こるはずだ。努力すれば、沈んだ分以上に折れ線は上がるはずだ。良い事が起こるはずなんだ。
同級生の不安からの逃避にいらついていた、それも確かにあった。
でも、ぼくが勉強をした本当の理由は、それだった。
だが、それ自体がただの勘違いであり、大学不合格の混乱が招いた思考である事に気付いたのは、それから約一年後だった。
もう一度受けた志望校のテストで、ぼくは落選した。