「タワー」-3
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始まりが何だったのか、上手く思いだせなくなったのは、ぼく自身の防衛本能によるものなのだろうか。
いずれにしろ、ぼくは何かのきっかけで異常な程の勉強を始めた。
参考書に関する参考書を見つけ出し、それに書いてある自分が受ける科目の参考書を貯金を崩して買い集めた。
それに沿って予備校が始まる前から家に籠もって勉強をしていた。
大学に受かった同級生、受からなくてぼくと同じく予備校に通う事になった同級生。
進学校だった事もあり、卒業生の大半はその二種類に分けられた。
だがどちらに振り分けられようと、卒業してすぐの期間は大体みんなが遊び呆けていた。
あれだけ頑張って志望校に合格したのだから、新たな交友関係に飛び込む前に、今までの友人達と沢山遊んでおこう。それは分かる。
受からなかったとはいえ、自分は勉強を頑張った。予備校が忙しくなって遊ぶ暇がなくなる前に遊んでおこう。試験はまだ一年近く先だ。その思いも分かる。
だったらどうして?と誰かに問われたとしよう。だったらどうしてあなたはその束の間の休息に甘んじなかったのですか、と。
ぼくはその誰かの目を見ないままこう答えるだろう。
どちらもただひたすらに不安を押し込めたいだけに見えたから、と。
受かった人達はそれはそれでぼくには不安なように見えた。
今から自分が通う大学は、果たして自分の想像した通りの場所だろうか?
今から飛び込む交友関係で、自分は自分の希望通りの立ち位置に立てるだろうか?
そんな不安を、ぼくは確かに心の何処かで感じ取っていた。
不安が顕著だったのが、当たり前の話だが、予備校組だった。
本当に来年は受かるのだろうか?
本当にもう一年間勉強を続けられるだろうか?
それは大学組とは性質の異なる不安だった。当然なのだろう。予備校組は自分が立ち止まる上での不安。大学組は自分が前に進む上での不安だ。
いずれにしろ、ぼくはその両方の不安を感じ取った。
そしてそれにイラついたぼくがいた。
性質は異なると言っても、どちらも根本的にあるのは逃走だけだ。目の前に広がる現実から、目を背けていたかっただけだ。そしてそれを当時のぼくは酷く醜くいモノとして受け取った。だからぼくは同級生からひっきりなしにかかってくる電話やメールには絶対に出なかった。
狂い始めたのが随分早かったのだな、と今はうわ言のように思う。
満開の桜を見もせずに家に閉じ籠もってひたすら勉強する自分という誰かに、今となっては同情さえしてしまう。