「タワー」-10
起伏があるかも分からない。その起伏がぼくに良いものであるかも分からない。ぼくに何が出来るのかも分からない。居なくなっても誰も気付かない。誰も見てくれない。
そんな世界に、ぼくは居たいのか?
迷いは生まれた。けれど、ぼくの体はその迷いよりも強いモノに支配されていた。
それは覚悟と呼べるのかもしれない。
ぼくは彼に頷いた。
居たい。
彼は満足そうに笑った。
*
おれとカッターは此処に置いて行け。
彼はそう言って、ぼくから離れて行った。
エレベーターに乗る間際、自分の一部がフッと別の場所へ移るのが分かった。
それがぼくの意思なのか、彼の意思なのか、ぼくには分からない。
エレベーターガールのお姉さんが、ぼくを多少不思議そうな目で見ていた。
泣き後を察したのかもしれない。
エレベーターを降り、タワーのフロントを出た。
見上げた空には東京タワーと月が映っていた。それをしばらく見た後で、ぼくは寒さに背中を押されるように、歩きだした。周りの人に涙の後を見られるのが嫌で、フードを被った。
少し歩いた後、ぼくはまたタワーを振り返った。
彼はこれからも二階の大展望台に居続けるのだろうか。
それとも自然に消えてしまうのだろうか。
ぼくには分からない。
ただ分かったのは、虚しい程に人が居て、虚しい程の優しさもある街の片隅にあるタワーに、ぼくは自分の一部を置いてきたという事だけだ。
なあ? ぼくは再びタワーに背を向けて、歩きながらタワーに問いかけた。
なあ。お前の中から見える東京は確かに綺麗だったよ。けれど、お前の中にいると、お前自身も光っているのを忘れてしまう。
返事はない。
それは、寂しい事なんじゃないか?
返事は、無い。
それでいい。
ぼくはそう呟いた。
それは残滓なのだろうか。
彼と同じセリフで、彼と恐らく同じ表情を、ぼくはしていただろう。
東京タワー。
333メートル。現在、日本で二番目に高い塔。
彼はそこに居る。
虚しい程優しい街の隅っこで、今はまだ、そこに居る。