龍之介・弐-6
「龍、そういう訳で明日明後日と留守番よろしくな」
「ちょっと待てよ!聞いてないぞそんなの!」
「だって秘密だったんだもん、ねえあなた」
息子の目の前でいちゃつき始める親父と母さん。
珍しく親父が早く帰ってきたと思ったら、なんと今から夫婦だけで旅行に行くらしい。
言うならもっと早く言えよ、急に二日も家を空けるなんて言われても困るぞ。
いや、すぐ出かけるから正しくは三日近く留守番を押し付けられた様なものだ。
「じゃあ行って来る。葵と仲良くしろよ」
心臓がずきっと痛んだ。
親父は特に意識も無く言ったんだけど、今の俺には重い言葉だ。
「大丈夫よ、龍之介は葵と仲良しだもんね。じゃあいってきまーす」
確かに仲良しだった、まだ今週の初めくらいまでは。
どうしよう・・・ここ数日、まともに話もしてないのに。
二人が寄り添って歩く背中を呆然と見送るしか無かった。
「ただいまー・・・あれ?母さんは?」
「親父と旅行だってさ。行く寸前まで黙ってやがった」
姉さんと目を合わさずぶっきらぼうに答える。
「へえ〜。いつまで?」
「日曜日には帰るってさ。多分だけど」
こんな他愛のない会話だって、まともに交わしたのはあの日以来だ。
その間ずっと姉さんは変わった様子は無かった。
「じゃあ私がご飯作らなきゃ。材料探してみるね」
制服のまま冷蔵庫を開けて、中を物色し始める。
何気なく目線を移すと前屈みで突き出されたお尻が見えてしまい、思わず逸らした。
(最低だ・・・姉さんをそんなふうにしか見れないなんて・・・)
「おっ、あるある。それなりの物は作れるっぽいよ」
机にごろごろと並ぶじゃがいも、人参、玉葱。
姉さんが材料を出すのを手伝いもせず、黙って見ていた。
「龍くん、玉葱お願いしてもいい?」
「・・・・・・」
急に話を振られて反射的に頷く。姉さんは頼むね、と言うとじゃがいもを洗い始めた。
・・・これって、一番めんどいんじゃないか。他のは切っても涙は出ないし。
そう思った時はすでに後の祭りだった。時間は戻らない。
「う・・・」
「泣いてるの?龍くん」
「・・・別に、泣いてない」
「ホントにぃ?」
姉さんが俺の目を覗き込んでくる。
顔を背けたら軽やかなステップでその方向に移動し、逆に向いたらまたステップで張り付いて離れない。
それを繰り返すうちに笑いが込み上げてきて、ついに吹き出してしまった。