龍之介・壱-3
『・・・・・・龍くん?』
突然ブツッ、と電話が繋がってしまった。何も言えない、考えてなかったから出てこない。
『龍くんだよね、ねぇ。久し振りだね。元気にしてた?』
久々に聞いた姉さんの声。
俺は何を言ったらいいのか分からず、まだ番号を変えてなかったんだ、と見当違いな事を考えていた。
何て言えばいい?
旦那さんはなんて名前でどういう人なんだ
いつ知り合った、いつから付き合ってた、俺より素敵な人なんだろうな
1人でも大丈夫だと思ったのにやっぱり誰かいないと駄目なんだ
俺じゃ、姉さんを支えられなかったのか・・・?
「結婚、おめでとう。葵」
頭で考えた言葉は何も言えず、それだけしか口に出来なかった。
『・・・うん、ありがとう。龍くん』
姉さんの口調には抑揚が無く、なんとなく感情がこもってない様な気がした。
俺と同じで力が出ないのだろうか。それとも、感情を押し殺しているのだろうか。
聞いている限りではどちらともつかず、判断出来なかった。
「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』
互いに、次に何を話したらいいのか分からず、重い空気が漂っている。
でも、このまま何も言わなかったら二度と姉さんに会えない気がした。
・・・嫌だ・・・これで終わりなんて。せめて最後に、もう一度だけ・・・会いたい。
「・・・今から、そっちに行くよ」
それだけ言って電話を切った。
返事を聞いたら揺らぐ様な気がして、聞く事が出来なかった。
アパートを飛び出し原付を走らせあの場所を目指す。
姉さんの声は、会わないと思い詰めて封じ込めていた俺の欲求を解放してしまった。
今更会ってどうなる。
結婚して他人と家族になり、生まれ育った家族とは別の新しい家庭を築いて、一生を共に添い遂げる。
それは覆しようがない。俺はただの弟であって、男では無いのだから。
・・・いいんだ、あと一回。それで全てを終わりにする。
空いている道を飛ばし、およそ40分近くかけて葵のアパートに着いた。
いつも使っていた駐車場に原付を停め、懐かしさに浸る事もなく葵の部屋を目指す。
呼び鈴を鳴らし、以前も同じ事があったなと思いながら待った。
あの時は葵から呼び出されて驚いたな。まさか、前日に電話が来るとは。