龍之介・壱-2
「・・・くしゅっ!」
くしゃみが出て、風呂上がりでタオル一枚だったのを思い出し、急いで下着を履いた。
こんな姿姉さんに見られたらきっと笑われそうだぜ。見せ付けてるの、とからかわれてしまいそうだ。
・・・くそっ、もう考えるのは止めたはずじゃなかったのか、俺は。
いくら前向きに考えようとしても悪い事しか浮かばず、辛い思い出ばかりだったから止めたんだ。
(明日も仕事だ、もう寝よう。余計な事は考えない、それでいいんだからな・・・)
頭と胸に漠然と乗しかかる不快な物を感じながら、無理矢理ベッドに潜り込む。
暗闇の中、頑なに閉じようとする瞼に、思い出してはならない姿が浮かんでいた。
腰まで伸びた長い黒髪、微笑みながらベッドに座り、俺を手招きする姉さん−
昔からずっと好きだった。
一緒にいられるだけで幸せだった。
いつも俺に、安らぎと喜びをくれたんだ。
姉さんの笑顔が、投石された水面みたいに波紋が拡がって、揺らいでいく−
顔だけではなくやがて全身まで波紋に溶けていった。
波紋はやがて静けさを取り戻していき、それに伴い姉さんの姿が露になっていく。
瞼に写る景色が変わった。
ベッドに力なく横たわり、泣きながら俺を見上げている。
許しを請う子供の様に怯えた瞳が涙に沈んで、とても哀しそうに光っていた。
制服のリボンは解けており、ブラウスのボタンは全て外され胸元がはだけている。
(姉さんに乱暴したのは・・・こんな酷い真似をしたのは、一体誰だ、やったのは誰なんだ)
忘れたらいけない。
泣かせたのは・・・俺だった。
姉さんが大学に受かったのを聞いた日の夜、入ってきたところを後ろから・・・
「あぁぁぁぁぁっ!!!」
無性に苛立って、頭を掻き毟りながらベッドの中で暴れた。
逃げられない苦しみから逃れようと必死で身を捩らせるけど、胸の奥に根付いて捻り出す事が出来ない。
(もう一度姉さんに会いたい・・・)
沸き上がる強烈な欲求。
願ってはならない、分かってるはずだ。
でも、せめて電話くらいはしたい。
一度きりでいい。姉さんの声が聞きたい。
俺は躊躇いながらも携帯を取り、その番号にかけた。
もう二度とかけるまいと誓ったはずの相手に・・・
無機質な呼び出し音が鳴る間、出来れば出ないで欲しいと勝手に思いながら待った。
5回、10回と回数を重ねても姉さんが出る気配は無い。これでいい、出ちゃいけないんだ。