囚われからのプロローグ-7
「知らん、と言った!そのような間抜けな名前ッ!パスク?まるで、女のような、不抜けた名だなっ!だから、目の前で、満足に動けぬ敵軍の私にも手を出せぬだろうっ!この、臆病者ッ!」
自分がなにを言っているか、などアリスには問題ではなかった。
ただ、怒りが鎮まるまでこの男を罵ることができれば、それで良かったのだ。
だから、アリスは己の台詞の途中でパスクの表情が強張り――それこそ、『魔人』のように、恐ろしく、瞳の奥で炎が燃え上がったことに気付くのが遅れた。
そして、気付いた時には後の祭り――取り返しがつかない。
「……別に、聞き覚えがある、と答えて欲しかったわけではない。しかし、この名を貴女に謗られては黙っていることはできませんねェ」
「な、なにを…………やっ、んんっ?」
パスクは表情のない、しかし、だからこそ、その内容する怒りの程を知れる、恐ろしい顔でアリスの乗る寝台へと近付いた。
その、男性にしては少し高めの声は震えている。
そして、アリスが逃れるよりも早く、寝台に乗り、彼女の手枷を乱暴に掴みあげると強引に唇を重ねた。
――それは、アリスにとってファーストキスであった。
それを、こんな形で失うとは……。
アリスは突然のことに目を丸くして固まっていたが、パスクは無情にも侵攻を続けた。
ヌルッと舌をアリスの唇へと這わせる。
そして、こじ開けるようにアリスの口内へと侵入した。
アリスは歯や歯茎を異物に蹂躙される感覚にゾクリと背筋に電撃が走り、思わず、パスクの舌へと噛み付いた。
「――ッ!」
パスクは驚いて、とっさにアリスから舌を抜いた。
アリスの口の中に血液特有の鉄の味が広がる。