囚われからのプロローグ-2
――コンコンッ、コンコンッ
「……失礼します。ま、自分の部屋ですがねェ?」
ノックの後、部屋の扉を開け、帰還した部屋主は第一声をそう漏らすとクツクツと笑った。
嫌らしい笑みだ、とアリスは口にこそ出さなかったが眉間にしわを寄せた。
何が可笑しいのか、楽しそうに笑い続ける男の名はパスク。
ラクシエラ大陸最南端に位置する大国ゴルドキウスの魔導中隊を預かる男だ。
煤けた紺色のローブを着込み、魔導師だと一目で分かる長く、禍々しい杖を右手で握るパスク。
年の頃は二十から二十五の間、アリスとそう変わりはないだろう。
それで中隊長――この男が魔導師として、どれほど有能であるかの証明だ。
鈍い銀髪を後頭部で一つに纏め、うなじの辺りまで垂らしており、魔導師のクセによく陽に焼けた健康的な肌をした顔がよく観察できた。
細い眉、切れ長の瞳、高く通った鼻梁、血の気のない唇、シュッと通った顎筋――。
中性的で、端整と言えば端整なのだが、どこか人間らしからぬ、酷薄で不気味な印象を受ける顔であった。
そして、その印象どおり、この男は酷薄で、陰険で、悪人だった。
アリスのこの現状もすべて、この男のせいだと言っても過言ではない。
祖国は隣接するゴルドキウス帝国に攻め入られ、圧倒的な物量差の前に征服されたのだ。
その最終局面、リンクス王国の同名の王都への一番槍を果し、そのまま王城へと侵攻した部隊こそが『陸の波濤』魔導中隊とその隊長『魔人』パスク・テュルグレであった。
アリスも王城でエレナを脱出させようと秘密通路へと向かっているときにこの男と遭遇、剣を抜くも敗北し、エレナを人質に取られたこともあり、屈することとなったのだ。
そして、この『魔人』はあろうことか、戦果への褒賞に「アリスをくれ」と言い出したのである。
アリス本人がその報せを聞いたのが本日の昼前、地下牢でのことだった。
それからアリスはゴルドキウスの下級兵の下卑た視線の中、侍女に浴室まで強制連行され、無理矢理、身体中をくまなく洗われると聖騎士の鎧へと着替えさせられ――もちろん、武器は一切、取り除かれていたが――、手枷を填められ、このパスクの私室のベッドの上へと放置されたのだ。
それから、もう、一時間は経っていた。
その間、アリスはひとり、悶々とこれから自らに降りかかるだろう恥辱の数々を想像していた。
なにせ、アリスは未だに経験がなかったのだ。
――この歳にして、少々、恥ずかしかったが……。