囚われからのプロローグ-18
「ええ。まぁ、そんなに衝撃的な出会いではなかったでしょう、貴女にとっては。ですが、私には人生で最も記憶に残っている出来事です。世界が変わった。貴女が、私の世界を変えた。ですから、忘れもしません。貴女のその声も、その笑顔も、その髪の色も、その差し出された右手の形も……」
「そ、それほどのことを私は、貴様に?」
アリスは困惑した。
相手が自分に感謝しているのは分かる。
だが、まったく身に覚えがないのだ。
先ほども口にしたように、それも、仕方がない、とパスクは弱々しく笑った。
「はい。貴女は、私に居場所と、生きる目的と、そして――名前をくれた」
「名前?パスク・テュルグレ?パスクか?パスク…………パスク、パ、ス――ッ!」
アリスは怪訝な表情で自分が名前を与えたという青年を見つめる。
そして、その名を口にしてみた。
それは、戦場以外では始めて言葉にした固有名詞であった。
すると、その単語をきっかけにアリスの脳裏にある記憶が浮上してきた。
確か、アレは十三年前、十歳の夏だった――
自分はエレナ王女の学友として、リンクス王家の別荘に招かれていた。
所謂、避暑というやつだ。
だが、そのとき、別荘地に隣接する山――といっても、馬で一日。結構な距離だ――に巣食う山賊の討伐が行われた。
后様や、教師方は危険だと、外出の許可はしなかったが、エレナ王女は六歳――やんちゃな年頃だ、室内で過ごせと言っても無理な話しである。
そこで、王女は私を誘い、こっそりと抜け出た。
そのときは、自分が誘いを断ったらひとりでも抜け出してしまうだろう。ならば、自分も一緒のほうが――と考えてのことだったが、いま思えば、自分も外に出たかっただけなのかもしれない。
まぁ、実際はどうだったかは定かでないが、結局、二人で近くの河原へと行った。
すると、王女が――用を足したいと仰り、仕方なく、私は少し、離れた場所で待った。
丁度、急流が止む、川幅の広い池のような場所だった。