〈蠢く瞳〉-9
『こんな遅くまで練習ですか……』
『もう真っ暗ですね……』
『………』
不気味な沈黙……互いが何を考えているか、手に取るように分かっていた。
暗闇の雑木林の中に、男達の瞳はギラギラと輝いていた……。
夏帆「棚瀬先輩、お疲れ様でした」
有海「お疲れ様でした」
皆はもう部室を後にし、残っているのは二人のみ。 少女達の汗の臭いの充満した部室で、二人は額を流れる汗をタオルで拭いていた。
制服に着替えようと、夏帆はロッカーを開け、汗だくの体育着を脱いだ。
有海「……明日から合宿ね。テニスウェア忘れたらダメよ……」
夏帆「あ、はい!分かりま…し……」
白いスポーツブラだけの上半身の夏帆を、有海はいきなり抱きしめ、甘い吐息を吐いた。
突然の有海の抱擁に夏帆は戸惑いを見せたが、事態の飲み込めない夏帆は、そのまま直立したままで固まってしまっていた。
有海「夏帆……」
夏帆「え?ちょっと棚瀬……んん!?」
けだるい表情を見せたかと思うと、有海は懸命に爪先立ちになり、そのまま夏帆の唇に自らの唇を重ねた。
有海「驚いたでしょ……ごめんね」
そっと離れ、二人は立ち尽くしていた。
いつもの有海に戻り、あっけらかんと話すが、僅かに手が震えていた。
夏帆は驚きの表情のまま固まり、直立不動で有海を見ていた。
有海「私ね……男の人が好きだと思うの……でも、夏帆だけは特別なの……好き」
夏帆「!!!!」
またも有海は顔を近付け、夏帆の唇を奪った。
夏帆もまた、さしたる抵抗は示さなかった。
憧れの先輩からの接吻は、不思議と嫌いではなかった。
たどたどしい有海の舌が、夏帆の唇の隙間に入り、前歯をチロチロと舐める……ゆっくりと口が開き、有海と夏帆の舌先が触れた。
夏帆「あ……」
それは小さな溜息であったが、静かな部室に大きく響いたようだった。
有海は夏帆の吐息に喜び、更に唇を押し当てた。
夏帆もまた、有海の欲するままに任せ、舌先で自身の〈意思〉を伝えた……。
有海「ありがと……そろそろ帰らないと。明日またね」
夏帆「はい……先輩……ありがとう……」
思わず出た言葉に、夏帆は自分の《想い》に気付いた……有海への想いは、テニス選手としての憧れだけではなく、恋愛感情まで含まれていた事を……有海に叱責されたから強くなれた…有海がいたから頑張れた……初めての胸の高鳴りに、身体がフルフルと震えた。