最後の夜・前編-1
あの夜、あの満点の星空を、決して忘れない――
「姫様〜ぁ!ガーネット様ぁ!!」
石造りのお城の廊下をバタバタと駆けて来る足音が響く。
バタンと大きな音をたてて木製の両開きの扉が開いた。
「ア〜ン〜、ノックくらいなさい、みっともない!」
ガーネットは腰まで伸びた豊かなプラチナの髪を整えていた手を止め、櫛を鏡台に置いた。
朱色の大きな瞳を細め、形の良い眉を少し吊り上げて、王室付きメイドであるアンを見ると「ふう…」と溜め息をついた。
「しっ、失礼しました!姫様!」ペコリと大きく頭を下げる。
「でもでもっ!!いま使用人頭のハインケル様が姫様の結婚が正式に決まったって…」
「……えぇ、そうよ」
ガーネットは窓の外を見つめながらそっけなく答えた。
「でもでもっ!姫様まだお若いし!」
「もう18よ?成人の歳だわ。アンだって16で結婚したでしょ?」
「でもでもっ!相手の方は15も年上だって…!」
「隣国のルーク王子よ?諸国を自由に放浪されていて年月が経ってしまったと聞いたわ。何より次男でいらっしゃって、この国に婿として来てくださるの」
「でも…姫様は…」
アンが眉を寄せて心配そうな顔つきでガーネットを見た。
ガーネットは困ったように笑いながら「でもでもってよく喋るわね」とつぶやいた。
「さ、この話はもうお終い!昼食の準備は出来ているんでしょ?いきましょ」窓から離れて歩き出した。
「…はい…姫様」
ガーネットが部屋を出ると、アンはそっとガーネットが見ていた窓を覗いた。
――あぁ…やっぱり…
アンは胸がきゅっと痛んだ。
窓の外には広い庭が広がっていて、そこには庭の手入れをする青年がいた。
陽に焼けた浅黒い肌、赤茶色の髪。
宮廷庭師の息子でガーネットの幼馴染、ロイだ。
――姫様、口には出さないけどロイのことを…
ガーネットの父が治めるこの国は、豊かな自然があるだけののどかな小国だ。
近年、近隣諸国が領土拡大のための戦を盛んに行っていて、この国もいつ標的になってもおかしくない。
軍事設備なんて皆無のこの国に自衛できるわけなく、隣国の軍事大国の王子を婿に迎え、協力関係を築く事となった。
ガーネットは両親からこの話を聞いた時は内心動揺した。
ロイのことがすぐに頭に浮かんだから……
手と手をとり合い庭の中を駆け回って、疲れたら草むらの上で一緒に眠り――
ガーネットは頭からロイの顔を追い出してとりあえず会うと返事をした。