フォール-1
柚(ゆず)が空から落ちてきた。
お風呂に入れてあったまるあれじゃない、ましてそんな季節でも無い。
変わった名前の、私の弟。
勢い良く上がる大きな水柱が一瞬だけ綺麗な王冠を作り、すぐに砕けてプールの水に戻った。
「大丈夫?!ゆずくん!」
「まだ上がってこないよ?!」
友達は心配そうにプールを見ながら騒いでいる。
弟というのは、血縁でなければ心配になっちゃうものなんだろうか。
私にとっては毎年この時期になると決まってある事だから、当たり前だと思っていた。
そう、蝉の鳴き声と同じ。夏になれば自然に発生するものだ。
「杏子(あんず)!係員さん呼びにいこ!!」
「心配ないよ。あれくらいでどうにかなる奴じゃないから」
心配する友達をよそに、私は帰る時に何を食べようか、並ぶ売店を目でなぞる様に見ていた。
「でも、もう一分は経ったよ、中で気絶してるんじゃあ・・・」
「ああやって誰か近付いたら水から出てくるのを待ってるんだよ、そういう奴だし」
友達でありながら、もう何年も騙されてる由美と未紀には少し呆れてしまう。
知らないんだ、柚は悪戯が大好きだっていうのを・・・
「ぷはぁっ!!」
静まり返っていた、飛び込み専用のプールの水面が突然盛り上がった。
「「ゆずくん!!」」
喜んでる由美と、泣きそうな未紀に、満面の白い歯を見せて親指を立てる柚。
私はいつもと変わらず笑っても驚いてもいない。
顔の筋肉が緊張していないのが自分でも分かった。
私達は来年中学校に入学で、柚は再来年そうなる予定。
世間的に見たらまだまだ子供だろうけれど、弟が十メートル上から飛び込んだくらいでは驚きもしない年齢だと思う。
「もう一回飛び込んでもいい?由美ちゃん、未紀ちゃん」
「やめなよ、危ないよ。次もうまくいくなんて限らないから」
「ケガしたら大変だよ!」
「分かった、じゃあ飛んでくるからね」
何が分かったのかしら、と私は溜め息をついてしまった。
恐怖心が生まれつき無いのかと疑ったこともあるくらい、柚は高い所に登るのが好きだった。
「高いなぁ。空が地面にいる時より近いぞ」
真っ黒に焼けた海パン姿の柚の上に広がる、くっきりした雲が浮かぶ夏の空。
(これから飛び込もうとしてるのに、どうして空を見上げてるんだろ?)
その疑問が頭をよぎる度に、私は去年と変わってないなと子供ながら苦笑いしてしまうのだった。