夏の怖い話-2
とうとう私一人。
彼は足音も無く死角から私たちを襲う。
怖い。助けて。どうして私たちがこんな目に…。
しかし杏奈は薄れゆく意識の中私に言った。
『仇を取ってくれ』と。
もう、私しかいないんだ。出来る可能性を秘めてるのは…私だけなんだ。
沙羅、美和子、朋、そして杏奈…。
出来るか分からないけど、私、足掻いてみる。
どうせなら刃向かってやられた方がマシ。
私は何か武器になりそうなものは無いかと辺りを見渡して、手近にあったウチワをしっかりと握り締めた。
もっと殺傷能力の高いものももちろんあったが、それは私のいる場所から離れていて下手に動かない方がいいと思った。
私は息を殺して神経を研ぎ澄ます。
流れる川のせせらぎの音が闇に溶けていくようだ。
「…っひゃ!」
刹那、頬が何かを掠めた。
彼だ!近い!
視線が肌に刺さる。私を狙っているのを嫌でも感じる。
「…ひあっ!」
また!
はぁっはぁっと息が荒くなる。
「どこよ!出てきなよ!」
私は闇に向かって叫んだ。
「ほら!私はここだよ!ほらっ!!」
だかだかと心臓が波打つ。怖くて倒れてしまいそうだ。
それでも私は、やらなきゃいけない。
「っ!」
彼が視界に入った。
私に向かってくる。
どんどん近付く。このままじゃ…私まで…。
イヤ来ないでイヤイヤイヤイヤイヤ
「イヤァァァァアアアッ……!!!!」
肩で息をしている自分に気が付く。
体に異変は無い。
私の腕は無意識に彼に向かって振り下ろされていた。
パシーンッとウチワが何かに当たった気がしたが、それからしばらく目を瞑ったまま硬直していた。
「…ハァッハァッ」
折りたたみ式のテーブルには私が握っていたウチワ。パシーンッという音はウチワがテーブルに当たった音のようだ。
震える手でウチワをどける。
「……やっ……」
声がうまく出てこない。
「…や、やったぁーっっ!!」
やっと感情が追い付いて、素直な反応を示せるようになった。
そこには大量の血液を飛び散らせた巨大な蚊が潰れていた。
「え?何々?尚子、やったの?」
車から腕をボリボリと掻きながら沙羅が下りてきた。
「うん、ほら!」
「デカッ!キモッ!」
沙羅に続いて美和子と朋も降りてくる。
二人とも太ももを赤く腫らしていて、見るからに痒そうだ。