投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

新人
【その他 その他小説】

新人の最初へ 新人 13 新人 15 新人の最後へ

熱帯夜-1

それは暑い暑い夏の夜。
じっとりとした重苦しい空気の中、闇と熱を纏った女は甲高い声で笑っていた。




暦の上ではもう春だというのに三月の室内は寒い。
ドアを閉めた瞬間、糸が切れたようにぺたりと玄関に座り込んだ。
あの日からもうすぐ一年が経とうとしている。
相も変わらずあの女は『カナ』という仮面を被り続け、私を大切に縛り付けていた。
職場のスタッフは私によそよそしい態度をとるようになった。私に近付かないように、カナが根も葉もないことを吹き込んでいるらしい。
カナの監視と私を邪険にする視線が交わる仕事場はまさに地獄だ。
ただ、藤は違った。
他のスタッフ同様仕事以外の会話は殆ど無いものの、ある日を境に心配そうな眼差しを向けるようになった。
藤とちゃんと話したい。
二人で前みたいに…。
でもそれは願ってはいけないこと。
もし私が藤に助けを求めようものなら、カナは藤に何をするか分からない。
人を平気で傷つけるような奴だ。その先を想像するのも恐ろしい。
私はカナの言いなりになるしか無いんだ。
私がカナから逃れるには死ぬしか無いのかもしれない。
いっそのこと死んでしまった方が…。
そこまで考えた時、ケータイの着信音が鳴っていることに気が付いた。
知らない番号だった。
ゆっくりと手を伸ばし、着信ボタンを押す。

「…もしもし」

これが私を変えるキッカケになった。
電話を切る頃には一つの考えが浮かんでいた。
まだ死ぬのは早いみたいだ。
私は私を取り戻せるかもしれない…!




四月。
私は社会人四年目になった。
今年も数人の新人が入ってくる。
横に並んだ緊張気味の面持ちの中に私は見知った顔を見つけた。

─久し振り。

心の中で呟く。
藤とカナが目の端に映った。
満面の笑顔のカナの瞳が一瞬こちらを見て「こいつらに近付くな」と言っている。
近付くも何もその前にカナが先手を打つのだろう。
だけど…ごめんね。
それを見越して、この中の一人には既に私が接触してんの。
だけどカナには教えない。バレないようにしなければならない。
もしバレてしまったら、私では無い人間が傷付いてしまうかもしれない。
顔に出さないようにしなければ…。
時間は掛かる…。
でも、今日から私はあんたのものじゃない。
私は心の中で固く決意した。


新人の最初へ 新人 13 新人 15 新人の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前