熱帯夜-6
「おはようございまぁす!」
「はよーっす」
間延びしたカナの声がした。続けて藤の声。
ギュッと心臓が縮んだような痛みが走った。
「あれぇ?どぉしたのぉ?」
カナがロッカールームを覗き込んだ。アヤカはカナと目を合わせようとしない。逆にジュンは、何事も無かったように「カナさん、藤さんおはようございまーす」と、二人の間を通ってその場を離れていった。
「アヤカちゃん?何かあったの?何もされてない?」
カナがアヤカの肩を抱く。
その言い方は、まるで私がアヤカに何かしたようじゃないか。
やめてよ、藤も聞いてるのに…。誤解されたくない。
しかし、アヤカは肩に乗せられたカナの手を振り払った。
私も、そしてカナもその行動に驚いて目を見張った。
アヤカは縋るように私を見る。
もう分からなくなってるんだ。
それも仕方無い。もしかしたら、わざわざ教えてくれたその人が嘘を吐いたのかもしれないのだから。
真面目な性格のアヤカのことだ。
私を攻め立てた自責の念もあるのだろう。
「あ……あの…あたし……すみませんでしたっ」
「……ア、ヤカちゃん」
一度深く頭を下げると、ばたばたと店内の方へ走って行ってしまった。
「あーあ、行っちゃった…」
カナが他人事のようにぽつりと呟く。
人が一番知られたく無い弱みに付け込んで、関係無いアヤカまで巻き込んで…。
「カナ、いい加減にっ…!」
「キャッ!」
──ガシャン。
「…え?」
私がカナの腕を掴もうとすると、触れても無いのにカナがロッカーに背中をぶつけた。
あっけに取られた私の腕は、無様にも藤に掴まれてしまっていた。藤は私を見下ろして「やめろ」と首を横に振り、手を離した。
藤にしてみれば大切な彼女を守ろうとしただけのこと。
だけど…やっぱり悔しい。腑に落ちない。
藤の中の私がまた汚れた。
ああ、やばい。泣きそう…。
カナが藤の後ろでニヤリと笑う。
どうして…私がこんなことに…。
「おはよー」
「おはよーございまーす」
何人か出勤してきたようだ。
こんな所見られたら、また何を言われるか分からない。
グスッと鼻を啜ると、私も藤の脇をすり抜けて、自分のロッカーへ向かった。