熱帯夜-5
「ふざけないでよ!あんたが言いふらしたんでしょ?もう恥ずかしくて会社いれないじゃんっ!」
アヤカが大声をあげた。
「…カナさんが教えてくれたの。みんなに『好きな人の前で態度変わる、ウザイって言われてるよ』って」
カナ…。何言ってんの。
「あたしは舞美さんにしか言ってないのに!どうしてみんながあたしの好きな人を特定出来てんの!?あんたが言ったからでしょ!?」
「違うっ…私じゃ」
「じゃあ誰!?」
アヤカが叫ぶ。
アヤカの剣幕に圧倒されて、私は言い切ることが出来なかった。
「他に誰がいんの!?一昨日の夜、あたしとあんたとジュンさんと、誰が店にいたっての!?」
カナが言っていた『疑惑の種』ってこのことだったのか。
一度種を植えたら後は勝手にどんどん疑心暗鬼になって…。
もう私の声さえ届かない程まで成長してしまったのかな…。
「カナさん」
突然、突拍子も無いところから声がして振り返った。
ドアのところに眠そうに欠伸をしているジュンが立っていた。
「おはようございます。いやー、外までギャンギャン聞こえて何事かと思いましたよ」
予想だにしない第三者の登場に、アヤカも冷静さを取り戻したようだ。
だけどジュンの言葉に目を白黒させている。
「カナさん?」
どうして…どこに?と誰に問うでもなくアヤカが呟く。
「話の内容はイマイチ分かんなかったけど、一昨日の夜だろ?」
ジュンがアヤカに歩みよる。
「俺とアヤカちゃんと舞美さんとカナさん」
ジュンがアヤカの前で指を降りながら数えた。
「残ってたのは四人ね」
親指以外を立てて、アヤカの目の前に突き出す。
「…どこに」
「さあ?分かんね」
ジュンは首を捻った。
「俺のタイムカード、カナさんの下なんだけど間違ってカナさんの取っちゃったんだよね。そしたら、退勤時間がまだ押されてなかったんだ」
「でも、押し忘れたってことも…」
アヤカが少し萎縮したのが見て取れた。
「ん〜…そうなんだけど。何だっけかな?」
ジュンはぽりぽりと頬をかきながら自分のロッカーを開けた。
しばらく唸っていたが、何かを思い出したようで
「あ、そうそう。そんで、ここって勤務中はロッカーの鍵は抜くけど帰る時は刺しっぱじゃん。紛失防止だっけ?まぁ、取られて困るもんも入ってないけど」
と、ロッカーを顎で指した。
確かに、自分のロッカーと言えどあまり私物化させない為に会社側でそういう対策をとっている。
「カナさんのロッカーの鍵無かったから、あーまだいるんだなーって。さすがにどっちも忘れるってのはなかなか無いだろ」
ジュンはパタンとロッカーを閉じ、鍵を抜いて自分のポケットにしまった。
まだ来ていない人のロッカーには鍵は刺さったまま…。
もちろんカナのも。