熱帯夜-4
「いいこと教えてあげましょっか」
カナは背を向けたまま、突拍子も無いことを言い出した。
「疑惑の種を植え付けるだけで人は勝手に暴走してくれるんですよ」
疑惑の種…?
暴走…?
「…っふ」
いきなりカナの体が前屈みになり、肩を上下に揺らした。
「うっ…んふ…ふふ」
初めは泣いているのかと思った。けど…
「…フフ」
ゆっくり振り返ったカナの口元がつり上がっているのを見て、笑っているのだと分かった。
「フハッ…アハッ、アッハハハハハハッ!!!!」
だけど、その認識も正しいのか分からない。
笑い声は上がっているが、その目は私を見据えて離さなかった。
虚ろな中に鋭い眼光を放つ瞳。
湿気のようなじとっと絡みつく視線に寒気がした。
胸がざわつく。
冷や汗が肌に滲む。
明日が来ないでほしい。
こんなに不安になったのは初めてだった。
翌日は生きた心地がしなかった。カナが動く度何をしでかすのかと気になり、仕事も手に着かない。
アヤカとカナをなるべく接触させないようにもした。
私に関わったせいでアヤカに危害が加わるのは避けたい。
これ以上の犠牲は必要無い。私だけでいい。
しかし、私の心配も虚しくそれは起こった。
「…舞美さん」
次の日の朝、出社してすぐにアヤカが私を呼び止めた。
「舞美さん、最低ですね」
「…え?」
アヤカは私を睨み付け、いつもより低い小さな声で続けた。
「何言ったんですか?」
尋常じゃないアヤカの様子に、とうとうカナが動いたのだと分かった。
「何が…?」
だけど全く話が見えない。
「何知らないふりしてんですか?あたし、分かってんですよ」
「え、あの…何…?」
私は何が起きたのか知りたかった。しかし、その態度がアヤカを逆撫でしてしまったらしい。