熱帯夜-3
「あたし…狙ってるんです。内緒ですよ?舞美さんにだけ」
ふふっと嬉しそうにアヤカは笑った。
この地獄でアヤカは救われる存在だ。アヤカの笑顔と言葉に心が潤う。
だけど、私は気付かなきゃいけなかった。
誰もいないと思っていた。
この空間には私達だけだと思った。
壁に添って置かれた一番奥のシャンプー台のその影。三方を囲まれたそこに居た。
向かい側の、夜によって鏡のようになった窓に写っていた。
堅く握られた拳と反して、口元はニタリと笑っているカナの姿に、私は気付かなきゃいけなかった。
重い足を引き摺って、カナのマンションに行く。
部屋に入ると、カナは私をイスに座らせた。
「先輩、お茶ですよー!カナが飲ませてあげましょうか?」
にっこり笑いながらカナはお茶を差し出す。
「自分でやるからいい」
それを私は力任せに引ったくった。
一瞬カナは目をぱちくりとさせたが、またにこっと笑って
「あー。いいんですかぁ?そんなことしてぇ」
と、私の髪を撫でた。
ゾワリと背筋に悪寒が走る。
「冗談ですよ、ジョーダン。そんな睨まないでくださいよぉ。怒った先輩も可愛いですけどぉ」
ねっとりとした声と話し方に吐き気がする。
カナは長い髪を揺らしながら私から離れ、背を向けて台所に立った。
カナの表情は分からない。
「あ、そーだぁ」
いかにも、今思い出しましたと言うような言い方だ。だけど棒読みでわざとらしくて、私は何だか嫌な予感がした。
「ジュン君、私も素敵だと思いますよ」
え?
「あ、心配しないでください。先輩程じゃないですからね」
私"も"…?
「…別に私は何とも思ってないけど」
「知ってますよ。…くくっ」
カナの後ろ姿が小刻みに震えた。
ドクンドクンと血液が全身を駆け巡る。
今日のアヤカとのやり取りが頭に浮かんで
「カナは…何を知ってんの?」
手が震えた。
カナの背中は何も語らない。身動き一つしない。
「あんた、何する気っ!?何で知ってんのっ!?」
勢い良く立ち上がった拍子に椅子がガタンと倒れた。
それでもカナは答えない。
息が出来ない。
無意識に握り締めた拳にはじっとりと汗がかいていた。