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熱帯夜-15

「そーなんすよ。舞美さんには部活ですげぇ世話になって。俺が入社する会社に舞美さんがいるって聞いてすっげぇ嬉しくて、すぐ番号調べて電話したんだ」

「藤も知らなくて当然だと思う。私がジュンに頼んだの。知らない振りしてくれって」

電話が来たあの日、懐かしい声に私は泣いた。
そしてお願いをした。
『私と知り合いであることを言うな』と。『他人の振りをしてくれ』と。
じゃないとジュンを守れないと思った。

「理由はさっきまで知らなかったけど、舞美さんのことは信じれたから言う通りにしてた」

だからジュンは今まで中立の立場にいた。

「カナさんさぁ、入社してソッコー舞美さんのことグチグチ言ってきたろ。彼氏を取ろうとしてるだの、嫌がらせされてるだの。
…何だこの女って思ったよね。舞美さん、そんなことしねぇから」

「……ちっ」

叫ぶことに諦めを感じたのか暴れすぎて疲れたのか、ぐったりとしたまま香奈が舌打ちをした。

「あー、アヤカちゃんも興味無さそうに聞いてたな、そう言えば」

ジュンはそう付け足すと、勝ち誇ったように笑った。

「……俺もそんな感じのこと、カナちゃんに言われてた」

私とジュンの話を何も言わずに聞いていた藤が、悔しそうに呟いた。
香奈を信頼している人には見えない部分や言えないことがある。
だけどジュンは違った。
だから私と香奈の異変に気付き、それを香奈の彼氏のジュンに言ってみた。
ロッカーの鍵にも疑問を持った。
香奈のおかしな行動に気付いて目で追えた。

「…だから私の邪魔ばっかりっ…!」

「わざとじゃねぇよ。俺だってさっき知ったんだし。結果こうなっただけ」

べぇっとジュンが舌を出す。
藤に関しては、図らずもジュンの一言が香奈の言った『疑惑の種』になり、皮肉にも自分の首を絞める結果となった。

「香奈、『疑惑の種』覚えてる?今日のあんたの行動はまさにそれだよ」

がくりと首を折り、髪が前に垂れ、ぴくりともしない。
「私の立場は変わってる。あんたの立場もね。
私はもう、一人じゃない」

香奈はジュンが力を抜いたら崩れてしまいそうなほど、力無くうなだれていた。

「カナさん、あんた終わりだよ」

街は寝静まって辺りは真っ暗だ。
じんわりと絡み付く湿った空気が漂っている。
サウナみたいに蒸し暑い。
どこかで虫の声がする。
生暖かい風が吹いてざわざわと草木を揺らした。
暗さも熱も湿気も不気味なざわめきも、夏のせいじゃなく全てこの女を目の当たりにしているからじゃないかと思い始めた頃。

「…っふ、フフ、アハッ、アハハ…、キャーッハハハハハハハハハハハハ」

暑い暑い夏の夜。
じっとりとした重苦しい空気の中、香奈は甲高い声で笑っていた。




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