熱帯夜-14
「でも、何も変わらないですよ」
ほとんど口を動かさず小さな声なのに、香奈の声は嫌でも耳に入ってくる。
ゆっくり首を動かして、暗い虚ろな瞳が藤を捉えた。
「藤さんなんて眼中にありません」
「…あんた、何が言いたいの?」
「藤さん一人でしゃばったところで先輩は私のものなんですよお」
香奈の視線が私に移る。
細められた瞳や不自然に上がった口元。
狂喜に満ちたその表情に悪寒が走る。
「結局、先輩の立場は変わってないんですぅ」
くっくっくと肩を揺らして、体の底から溢れる笑いを堪えきれないようだ。
「藤さーん、先輩に近付かないでくださいねえ。藤さんに取られるぐらいなら私、先輩のこと…アッハハハハハハ」
「…くそっ」
「香奈、あんたねぇ…!」
歯をかみしめていた藤が、拳を振り上げ駆け出した。私もほぼ同時に衝動に任せて、香奈に向かっていった。
「動かないでください」
しかしすぐに香奈の冷たい声がして、地面に足が張り付いた。
香奈の右手はジーンズのポケットに納められている。
──まさか…!
「はい、どーうどーう!」
「!?」
暗闇から出て来た何かに香奈が羽交い締めにされた。
「ジュン!ありがと!」
香奈を押さえながら、ジュンがニッと笑った。
「いいえ〜、舞美さん達まじでヤバそうだったんで」
藤も目を丸くしていたが、それ以上に香奈が取り乱していた。
ジュンの腕から逃れようと必死でもがいている。
「何でジュンが…?」
「ああ、藤さんだけで無く俺も舞美さんに呼ばれてたんすよ。ヤバくなったら出てこうと思ってその陰にスタンバってたんです。
カナさ〜ん、藤さんだけじゃなく、俺もあんたのしてきたこと全部知ってんだからね〜」
「…っあーっっ!!な、んでよぉぉっ!!」
香奈は枯れた叫びを上げ、髪を振り乱しながら体を捻る。「暴れ馬かよ」とジュンが苦笑する。
外にいるせいで肌が湿り気を帯び、香奈の長い髪が顔に張り付いていた。そのせいで表情が分かりづらくなっていたが、目だけはぎょろぎょろと私たちを見ていた。
「ジュンは、私の中学の時の後輩なの」
「え?そうなのか?」
藤が私とジュンを交互に見た。