熱帯夜-13
「カナちゃん、前に言ってたよな!舞美にイジメられてるって。なのに何でカナちゃんの家のトイレにそんなメモがあるんだ?何で舞美が『助けて』なんだよ!それにジュンも」
「ジュン?」
カナがまた反応を示す。
「舞美とカナちゃんの様子がおかしいって言ってて。今も仲良さそうに腕組んでるし元気だし。もう俺、何がホントなのか分かんなくなってきた」
藤が饒舌になる。抱えてた疑問や不安を吐き出すように。
「カナちゃん、どういうことだよ。カナちゃんは、舞美に…何か…してたのか?」
「………」
カナは黙って俯いていた。
熱帯夜は不快。
じめっとした絡みつくような空気が、無性に息苦しくなる。
カナ、いや香奈が醸し出す雰囲気に似ていると思った。
「……藤さん」
カナはゆっくりと顔をあげた。
「今頃気付いたんですかあ?」
カナの仮面が、とうとう剥がれた。
ニタァッと香奈が藤を見下すように笑う。
「…じゃあ、今日のも」
「もちろんわざとですよおっ、当たり前じゃないですかぁ。惜しかったですねえ?あのまま大人しくしてたら頭割れたかもしれないのに!切り傷もあの程度じゃつまんないですよねえ!顔とかもっと深く深くいっちゃえば良かったのに!そしたら店にいれなくなったのに!」
香奈の声がだんだん大きくなる。楽しそうにそんなことを言う。
いよいよ、香奈が本性を表し始めた。
「…お前、やべぇよ。意味…分かんねぇ…」
藤の目は、まるで化け物でも見ているかのようだ。
「意味ぃ?意味なんてないですよ。ただ私は先輩が好きなだけ。藤さんなんて本当はどうにでも出来たんですぅ」
何がそんなにおかしいのか香奈はクスクスと笑い続けた。
「でも先輩が辞めてくれっていうからぁ、先輩から藤さん離すためにも彼女役やってたのに」
そして香奈は声をあげて本格的に笑い始めた。
「先輩は私だけのものだから写真も隠してたのにぃ、ぜーんぶ終わりっ!」
「……おかしいよ…」
隣で藤が呟く。
香奈の笑い声が耳をつんざく。
ドクンドクンと心臓が波打つ。
覚悟はしていたのにやっぱり怖い、異常だ。狂ってる。
何の前ぶれもなくこれを目の当たりにした藤は、私よりよっぽど怖いと思う。
香奈の高笑いが暗闇に溶けていく。天を仰いで笑う香奈の動きがぴたりと止まり、すっと表情が消えた。
急にしんとしたせいで耳鳴りさえも聞こえるようだ。