熱帯夜-12
「……カナちゃん」
エレベーターを降りて外に出ると、暗闇の中から藤が現れた。
「藤、さん?どうして?今日は会う約束してないですよねぇ」
「具合悪いんじゃねぇの…?」
「藤は私が連れてきたの」
「…ぇ?」
カナが眉間にしわを寄せた。
私はカナの腕をほどいて距離を取る。
「何でですかぁ?」
「カナ、あんたは今日で終わりだよ」
「言ってる意味が分かりませーん。藤さん、助けてくださぁい」
カナが猫なで声を出しながら、藤に駆け寄る。
だけど藤は神妙な面持ちで退いた。
「…カナのこと、助けてくれないんですかぁ?」
カナが切なそうに首を傾げた。
「舞美に…助けてって言われてたんだ」
藤は声を絞り出す。
その言葉にぴくんとカナが反応した。
「いつですか?」
声のトーンが低い。
「先輩が藤さんに近付かないようにしてたし、先輩のケータイもチェックしてたし、いつですか!?」
カナの口調が激しくなり、藤はたじろぐ。
こんなカナ見たことないだろうから、それも仕方無い。
「ケータイも口も使ってないもん。あんたにバレたくなかったし」
「は?…何それ。じゃあ、どうやって…」
「あんたは見ないけど、藤は見る場所が一つだけあるの」
私は藤に何としても一言伝えたかった。
だけどカナに監視されていてはとてもじゃないけどそれは出来ない。
でも何とかして、私が助けを求めていることを知ってほしい。
そこで気付いた。
藤は日曜日にカナの家に泊まりに来ているようだった。
だから私は日曜日だけは、自分の家に帰れる。
これを利用しない手はない。
そして、数ヶ月前の土曜日。
私は『ある場所』に『ある物』を仕込んだ。
「何ですかぁ?ナゾナゾですかぁ?いいからさっさと教えて下さいよ」
冷静を装っているように見えても、ギュッと握り締められた拳と、振るえた声が怒っているのだと私たちに知らしめた。
藤が呟く。
「便座の…裏」
私は、店で走り書きしたメモを便座の裏に貼り付けた。
そのメモには『助けて』の一言だけ。
でも、藤なら私の字だと分かってくれる自信があった。
「舞美の字で『助けて』ってメモが貼られてた」
「………」
念には念を入れてメモは下着の中に隠した。
さすがにトイレにまでカナはついてこないので、予め張っておいた両面テープで便座の裏に貼り付けた。