熱帯夜-11
カナは大事をとって早退することになり、店は通常通りの営業を再開した。
時折、アヤカが溜め息を吐くのを除いては、いつも通りの店内だ。
「アヤカちゃん、傷痛い?」
「いえ、そんなんじゃないです。ただ…ジュンさんの言葉が引っかかってて…」
「そう、だよね」
もしアヤカがあのままその場に留まっていたら…。
もしも台が頭に当たっていたら…?ハサミが顔にあたっていたら…?
小さな怪我じゃすまないことは用意に想像出来た。
怖かっただろうに、この子はみんなの前で心配かけまいと笑顔でいたのか。
強い子だと思った。
同時に改めてカナに怒りを覚えた。
「あたし、カナさんに嫌われてるのかな…」
消え入りそうなアヤカの声にずきんと心臓が痛む。
「違う、私のせいなの…。ごめんね」
私に近付いたばかりにアヤカはカナに狙われた。
いっそのこと私をやってしまえば、誰にも迷惑を掛けなくて済むのに。そう思うと、本当に本当に悔しくてやり切れない。
「どうして舞美さんが…」
「…私に、任せて」
アヤカにしか聞こえない程の小さな声。
縋るような、今にも泣き出しそうな瞳で頷くアヤカ。
動くなら今しか無い──。
新着メールの文字が光っていた。
このケータイにはカナからしかメールが届かない。
去年電話帳を全て消された後、アドレスも変えられた。
電話帳にはカナの名前だけ。
それ以外は消されてしまう。
メールボックスを開くと『今日うちに来てください』という文字とハートマーク。
ちょうど良い。
私も行こうとしていたところだ。
待ってな、カナ。
カナの家のチャイムを押す。
程なくしてドアが開き、カナが笑顔で私を出迎えた。
「せんぱぁ〜い、お帰りなさぁい。寂しかったんですよぉ?」
「早退したくせに元気そうじゃん」
「だってカナ、すっごい元気ですもん♪」
「それなら大丈夫だね、ちょっと来て」
私はカナに背を向けると歩き出し、エレベーターに向かう。
「キャーッ、先輩とデートですか?嬉しいーっ」
カナはすぐに付いて来て私の腕にギュッと抱き付く。
こうなることは分かっていた。
我慢、我慢…。
出来るなら今すぐ引き離したい。
でもそれをしないのには理由がある。