ペンペン草とポテトサラダ-1
序章
例えば先日、オードブル用の中型容器にポテトサラダをひとしきり詰め終えた後、休憩を貰った俺は、古ぼけた弁当屋の二階にある休憩室で煙草をふかしていた。
ゆらゆらと煙草の先端から立ち登る紫煙を見つめながら、人生とかとりとめもない事を考えて恰好をつけてみたりしていた。
五畳半の休憩室の窓から見える小川を繋ぐ名もなき橋と、対岸沿いにポツンと建つボロアパート。
いつもとなんら変わらない味のない情景だ。
だから橋の中央に棒立ちし、つい先刻まで魚などいないであろう汚いドブ川を呆然と眺めていた少女が、唐突に橋から身投げする事などないのである。
肺いっぱいに吸い込んだ煙を一息に吐き出すと、手で目を何度か擦った。どうやら夢じゃないらしい。
「わかった、あいつ馬鹿だ」
そう一人で呟き、俺は休憩室から飛び出した。
昼の一番忙しい時間が過ぎ、一階でテレビのワイドショーを見ていた烏丸店長に一瞥をくれて弁当屋を駆け出る。
間髪いれずに歩道を右折し、橋に向かって一直線に走っていく。完璧だ。
そして先ほど少女が身投げした橋の中央で歩を止めると、俺は下に目を向けて、至って冷静にこう呟いたものである。
「なにやってんですか、あんた」
幅、役八メートル、深さ約二メートル弱の溝の底で、泥水にまみれる物悲しそうな顔をした少女がそこにいた。
こんな所から飛び降りて死ねるはずがない。なので、この身投げ自体はそもそも身投げとして意味をなすはずがない。
初夏の夕暮れの脳を焼く日差しに頭をやられ、水を求めてこのドブ川に飛び込んだのだろうか。
しかし蛇口を捻れば水が出てくるこの近代社会に、誰が好んで浅くて汚い川に身投げする。考えてみてもわからない。
なので俺は何をやっているのかと聞いた。
俺を見上げながら、真顔で答える彼女の返答は、とてつもなくシンプルであった。
「死のうと思ったんだけどね、死ねなかった」
背部と尻を中心に、かつ全身を湿らせた少女を橋から引き揚げて溜息ひとつ。
薄手の淡い桃色のパーカーに、ジーンズ姿。
頭には、英文が印字された帽子を被っている。
まさにいつも通りの彼女だった。
俺がアルバイトをしている弁当屋に、唐揚げ弁当とポテトサラダを買いにくるいつもの彼女の姿だ。