ペンペン草とポテトサラダ-7
「わかった、お前にだけ教えるよ。実は俺の作るポテトサラダには不死の者を殺す事ができる猛毒が入っているんだ。これは普通の人間が食べても害はないが、不死の者が食べると徐々に体が弱り、最後には死んでしまうんだよ」
身振り手振りを加えながら、必死に馬鹿げた作り話を語る俺。
もちろんポテトサラダには無農薬野菜とハムにコショウとマヨネーズくらいしか入っていない。
しかし温泉とまんじゅうの作り話で、彼女の命を繋ぎとめた彼らのバトンを俺の代で潰えさせる訳にはいかない。
この後は高所から飛び降りると言っているのであれば尚更だ。
ここで見捨てて本当に飛び降りでもされれば、俺のせいで死んだも同然になってしまう。
「そうだ、この町に残って俺のポテトサラダを食い続ければいいんだよ。そうすりゃ、お前もいつか死ねるだろ」
無理があるかとは思いつつも、そう告げる。
「凄い、凄いよ倉山君。まさか倉山君がそんな事できるなんて」
目を輝かせながら、容器に残ったポテトサラダと俺を交互に見つめる彼女。
「だろ、凄いだろ。だから他の町で飛び降りなんてやめて、この町に残って俺のポテトサラダでおいしく死ねばいいんだよ」
「でも、私もうお金がないから、そこのアパート出ていかなきゃならないんだよね。住むところはいいけど、倉山君のポテトサラダを買うお金がなくなっちゃったら、死ぬに死ねないよ」
彼女が指刺したアパートは、橋の向かいにあるあのボロアパートだった。
着ている服のレパートリが極端に少なかったのは、金銭面で苦労していたからなのだろうか。
「じゃあ俺の働いてる弁当屋で、お前も働けばいい。店長も人手が足りないって言ってたから雇ってくれるだろうし、俺のポテトサラダも無料で食える」
「いいの? 私ちゃんと働くのって初めてだから良くわかんないよ」
「心配すんな、死なれるよりはマシ。じゃなくて、最初は誰でも初心者っていうだろ」
俺は、彼女を橋のドブ川から引き揚げた時と同じように、彼女の小さな手を引いて弁当屋に向かって歩を進めた。
急に走り出した俺達に驚いて、ハトが一斉に飛んだ。
羽が宙を舞い、鼻をくすぐる。俺が手を引く背後の彼女から、ありがとうという言葉が聞こえた気がしたが、俺のクシャミによって聞こえなかったような気もする。
そうしてなんとか適当な嘘で彼女の命を繋ぎとめた俺は、意気揚々と弁当屋に戻ったものである。
彼女が本当に神様なのか、ただの人間なのかは俺にはまだわからない。
ただ、彼女の名前が薺(なずな)という事は、弁当屋の簡単な面接で聞き取ることができた。
春の七草で知られる薺はぺんぺん草という別名もある。
ぺんぺん草は、どんな荒廃した土壌であっても生育する、強い植物だ。だからきっと、彼女がこの世界に絶望していたとしても、多分大丈夫。
そんな事を休憩室で煙草を吹かしつつ思ったりしながら、俺の怒涛の数日は幕を閉じた。
序章 終わり