ペンペン草とポテトサラダ-2
パーカーとジーンズは日によってローテーションされているのか、違うパーカーになったりロングのシャツになったりするが、彼女が被っている帽子はいつもと同じ。
幼さを残した顔つきに、帽子から垂れる黒髪と透き通るような白い肌。
烏丸店長は彼女の事を帽子の姉ちゃんと呼んでいたし、日向ちゃんは帽子の子、長谷川なんかは帽子の人と、どこぞのハムの人のように名付けて馬鹿にしていた。
とにかく彼女は俺の働く弁当屋のリピーターであり、大切なお客様でもあり、何度もレジ前で顔を合わす親しくない知人であった。
いつも唐揚げ弁当とポテトサラダの二点を大体昼過ぎに買いにくるものだが、今日は姿を見せなかったので何かあったかなとは思っていた。
しかしながら投身自殺をこのドブ川で図ろうとするなんて誰が思うだろうか。
そして今はドブ川に浸かったお陰で、少し臭うという特典つきだ。
座り込む彼女の手を引いて起こし、弁当屋を目指す俺。
橋を渡る帰宅途中の学生や、買い物帰りのおばちゃんが怪訝そうに俺と彼女を見るが、なんのその。
半ば俺に引っ張られるようにして項垂れている彼女を連れて弁当屋にたどり着いた俺は、烏丸店長にこれまでの経緯を説明する。
ほどなくして店長に呼ばれて二階の住居の一室から降りてきた店長の娘である日向ちゃんが、彼女を連れて二階に上がっていった。
女同士のほうが話もしやすいし、着替えも日向ちゃんの衣服があるからと店長は二人を見送った。
「いやぁ、びっくりしましたよ。休憩室から橋を眺めてたら、いきなり飛び降りるんですから」
冗談交じりにそう言いながら煙草に火をつけて、俺は続ける。
「あんな橋から飛び降りたくらいじゃとは思ってたんですけど、無事でよかったですよ本当」
店長は俺の言葉に相槌を打ちながら、客もいないのに黙々と唐揚げを作りはじめていた。
弁当屋特有の、油の臭いが室内に漂う。
大型のフライヤーで少量の唐揚げを揚げながら、店長は豪快に笑った。
「倉山、ボケっとしてないで早くポテトサラダ作りやがれ。今日は帽子の姉ちゃん、ウチの弁当食ってねえだろう。きっと腹を空かしてるに違いねえ」
店長のこういうところは嫌いではなかった。
俺たちが彼女にかけられる正解の言葉など、多分どこにもない。だからこその唐揚げ弁当とポテトサラダを御馳走する。
完璧だ。男の中の男である。
「了解っす」
返事をひとつ。
俺は手早く携帯灰皿を取り出し、煙草を揉み消すと同時に、壁に取り付けられた衛生帽とエプロンを着用した。
液体洗剤を使って念入りに手洗いを済まし、ポリエチレンの手袋をつける。準備完了だ。
調理台の下から、俺専用の銀色に輝くどでかいボールを取り出し、気合をいれてポテトサラダの作成に取り掛かった。