コンビニ草紙 第十九話-1
第十九話 雪ノ下祭
起きると10時を少し過ぎていた。
急いでシャワーを浴びてメイクをする。
慌ただしく家を出ると少し空が曇っていた。
天気予報では曇りのち晴れだったから雨の心配はないと思う。
電車に乗ってからコンビニでお菓子を買うことを忘れていたのに気づいた。
デートなのに手土産を持っていこうとしている自分がなんだかおかしく思えて今
日は要らないなと考え直す。
駅を降りて少し歩き出すと、雨がぱらぱらと降り始めた。
商店街のあたりはコンビニがないので傘を買うことが難しい。
小雨だから、何とかなりそうだと思い早歩きで歩く事にした。
しかし予想が外れ、段々と雨脚が強くなる。
藤本書店まであと数メートルというところで土砂降りになってしまった。
仕方がないので、目に入った和菓子屋の前で雨宿りさせてもらう事にした。
通り雨だろうか。
じゃないとお祭りも中止になってしまうかも…。
などと考えながらハンカチで髪の毛を拭く。
拭いた所で乾く訳ではない程濡れているが、髪の毛から雫が肩に落ちるのを防ぐ
くらいにはなった。
暫くすると、カラカラと下駄の音が遠くから聞こえてきた。
よく見ると来た道の方から大きな赤い傘をさして歩いてくる人が見える。
ぼんやりとだが、着物のようだ。
和菓子屋の前で赤い傘が止まる。
傘は歌舞伎でよく見る番傘で、綺麗な紅い色をしている。
「…お嬢さん。そんなところで雨宿りかな。」
紅い傘をぐいっと上げて、じっとこちらを見つめている。
歳は60歳くらいに見える。
肌が少し浅黒いので若く見えるがもしかしたらもう少し年配なのかもしれない。
「ええ、すぐそこのお店に行きたいのですが、急に降られてしまって…。」
角に見える藤本書店を指差すと、その老人は虚をつかれたような顔になった。
「ほぅ…うちのお店にご用がおありで。
…こんな傘で良かったら一緒に行かれますか。」
そう言うと、傘を差し出し、悪戯っぽく笑ってみせた。
「…もしかして、草士さんの…お祖父さまですか。」
「おや。草士をご存知で。…まぁこんな雨の中じゃなんですから。
細かい話は家で聞きましょう。」
大きな番傘は二人入っても余裕があった。
微かに草士さんと同じ樟脳（しょうのう）の匂いがする。
この人が草士さんのお祖父さんか…。
そんな事を考えながら隣りを歩く。
お祖父さんは姿勢が良く、目鼻立ちがはっきりとしているので
昔はモテただろうな、と思う。
目元が笑うと何となく彼に似ている気がする。
そんな事を考えていると、お店に着いた。
チリリリンッ―。
お祖父さんは豪快にドアを開けた。
「只今ー。」
二階に届くぐらい大きな声で言うと、二階からパタパタと彼が降りてくる音がし
た。