【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-8
「おんやまあ」老人はもう一度言った。次に同じことを言ったら、怒りにまかせてじいさんの首を絞めてしまいそうだ、と心中穏やかならざるアランは思った。
「お手柄だ、爺さん」青白い顔の審問官が言った。「さ、そいつを渡してもらおうか」しかし、老人はアランの顔を見るなり言った。
「おめえ、サムでねえか!」
「え?」アランは目を丸くして老人の顔を見た。ひげに覆われている上に、麦わら帽子を目深にかぶっているせいで表情が見えない。
「こいつをしってるのか?」
「知ってるも何も、こいつは俺の雇った雑用だぁ」老人は腹立たしげに手を振った。「新しい人形の材料を買いに行かせたっきりもどらねえと思ったら、こったな所に!良いから乗れ!今度はにがさんからな」
「ご、ごめんなさい」アランは、芝居の屋台小屋の爺さんに雇われた雑用係のように見えるようにしなくてはと思ったが、どういう風にすればそれらしく見えるのか見当も付かなかった。
アランを馭者席に乗せると、老人は人差し指を脅すように突きつけて言った。「こんの馬鹿もんめ」
「おい、待て爺さん。そいつはさっき、自分はパン屋の奉公人だと言ったぞ」
「何、パン屋?パンジャの間違いじゃねえのかね?まあ、どのみちこいつは生来の嘘つきだでな、尋問官様よ。わしもほとほと参っとるよ、言っても治らん……病気なんですわい。ほれ、ご迷惑かけたこと、はよあやまらんか!」肩を小突かれたので。アランは仕方なしに謝った。「すみません、でっけえ馬に乗ったお役人が2人もいたもんで、腕試しをしてみたくなっちまって」虚言癖を持つ少年のように見えたらいいのだが。
「良いわけは良いんだ、この役たたずめ!じゃが、こういうところがあるで、端役をやらせるにちょうど良いんですわい、実際――」
「そうか、それなら良い」これ以上の面倒は御免だというように、審問官は手を振って話を止めさせた。親方の弟子自慢ほど、聞いていてつまらないものはないのだろう。
「爺さん、一応聞くが、あんたはレナードの奴を見たか?」
「いんや、見とらんな」
「そうだろうとも」
男達は、その台詞にあらん限りの苛立ちを込めて、来た道を引き返していった。アランは、2人の姿が見えなくなるまでたっぷり待って、ようやく深いため息を吐いた。
「助かったよ、おじいさん」そういって老人を見たが、返事はなかった。もしや眠ってしまったのだろうか?じっと顔をのぞき込んでも、やはり表情は見えない。
「じいさん?」アランは心配になってきて、彼の肩に手をかけた。