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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-2

「私が燃やしたいのは貴様だけだ、醜い化け物め。他の奴らは導火線に過ぎない」押し殺した囁きは、レナードの耳にしか届かなかった。「ご託は仕舞いだ!」そういって、ルイスは剣を突き出した――何もない空間に。

レナードは、自分の周りに剣を刺して、処刑台の床に穴が開くように、逃げ道の準備をしていたのだ。ルイスが剣を突き出す一瞬前、彼は勢いよく焚刑台の床を蹴りつけ、抜け穴を開通させた。木の床に奪った剣をさしたのは、単なるパフォーマンスではなかった。何が起こったのか気づく前に、レナードは姿を消していた。群衆の中に姿を紛れさせたのだろう。海を割ったというあの預言者でもない限り、とうてい制御できそうもないこの人混みの中に。

「探し出せ!」

 ルイスは激昂して叫んだが、自分でも徒労に終わることはわかっていた。それでも、困惑しきった部下共の間抜け面を見るよりはましだ。ついでに、この腹立たしい群衆共を散らせる手伝いにもなる。能なしにはおあつらえ向きの仕事ではないか。ルイス隊長は、マントをなびかせながら、大股で教会の中に入って姿を消した。

 アランにとっては、しかし、良くない展開だった。異端審問官が近づくと、どいつもこいつも自分の顔を知っているんじゃないかという気分になる。本能が感じる敵意と嫌悪が相まって、アランは考える前に踵を返して広場を後にした。幸い、買った本はまだ手の中にある。あの大混乱のさなかにもなくさずにいたのは運が良かった。空を見上げると、鈍色の空は一段と高度を下げ、今にもものすごい雨を降らしてやるぞと脅かすように街の上にのしかかっていた。安物のインクで刷ったであろう本が、雨に濡れたらいっかんの終わりだ。街の人々は、空気中に漂い始めた湿っぽい雨の臭いに、屋内に避難したようだった。通りの人影は格段に減った。城壁に設けられた関所に通じる道を早足で歩く。広場はあっという間に空っぽになり、代わりに囁きかわしながら家路へ向かう人々の波が出来た。アランは、人混みの間を縫うように、小走りで歩いた。

 賑やかな声のする方へ向かえば、街の大通りに近づく。あんな出来事があったというのに、街はさっきアランが入ってきた時となんら変わっていない。あいかわらず、城門の外からたくさんの人が入り、たくさんの人が出て行く。この町に出入りする人間の列は、決して途絶えないのではないかと思えた。

 街の中を走る河には、港に着いた交易船からの荷物を積んで川を上ってきた艀が行き来している。一流店と呼ばれる店は、たいていこの川を挟んで伸びる2本の大通りに面していた。関所へ向かうには、その大通りに出るのが一番早い。近道をするつもりで、アランが路地裏に入ると、耳に届くのはくぐもったざわめきのみになった。

 大きな街には、路地裏がつきものだ。人が集まる街にはそれだけ多くの建物が建つ。店と店の隙間にもう一つ店が建てば、たちまちそこには、薄暗い路地裏が姿を現す。大きな街へ来たのはこれが初めてではない。路地裏にはいろんなものが潜んでいるとわかっていた。

喧噪と人目を逃れて一息つき、これからどうしようと考える余裕が出来た。とりあえず、門が閉まる前にこの街を出た方が良いことだけはわかっていた。それでも、さっきの今では、門の警備も強化されているに違いない。ゆっくりと歩きながら薄暗い道を歩いていると、生ゴミの入った樽の影にうずくまる、小さな人影が見えた。地面の上には行き場を無くした汚水が小さな川を作り、信じられないほど大きなネズミが我が物顔でゴミを漁っている。人影は、できるだけ体を小さく見せようと、震える手足を体に惹きつけて縮こまっていた。アランはそっとその人影に近寄った。間違いない。

「スプリング・ラムゼイ?」アランは片膝をついて、彼女のむき出しの腕にそっと触れた。とたんに、雷が落ちたように彼女は体を震わせ、小さな悲鳴を上げた。

「しーっ、私は審問官じゃない。貴女をを突き出したりしない」アランは安心させようと、マントを脱いで彼女の肩にかけてやった。それでもスプリングは、歯の根が合わないほどに震えている。しきりに逃げ道を探して目が泳いだ。


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