【イムラヴァ:二部】三章:悪魔と狐-12
「ユータルス」
「ユータルス?そりゃまた……」
「遠い、だろ。わかってる。どうしても確かめたいことがあって」これで断られたらおしまいだ。お互い、あきらめてそれぞれの道に行くしかない。レナードは馬を止め、道の真ん中でしばらく考え込んだ。アランが考えたのと同じ事を、彼も考えているのだろう。信用できるか?一体何者なのか?何のために行くのか?
「よし、いいだろう」レナードは言った。日は高く上っていたが、薄い雲に阻まれて、地面に落ちる影はぼんやりと薄い。
「決まりだな」アランは右手を差し出した。しかし、彼はその手を取らずに、アランの目をのぞき込んだ。
「道々、金を稼がなきゃならん。ご存じの通り、俺は劇をやる……手伝いくらいは出来るかな?」アランはにやりと笑った。
「もちろん。何でも言ってくれ」
「そう来なくちゃ。足手まといにさえならなきゃ良いぜ」決まりだなと、アランの手を取ろうとしたレナードの手を、今度はアランが止めた。「代わりと言っちゃあ何だけど、実はもう一人仲間がいるんだ」アランはちらりと、空の上を見て言った。
「かなり代わった奴だけど、悲鳴を上げたり、怖がったりしないでくれるとありがたい」
レナードはははっと笑った。「いいぜ、どんな奴だろうとかまうもんか」そして、2人は手を握った。「で、そいつは何処にいるんだ?」そういった瞬間、盛大な羽音が聞こえ、風が巻き起こった。
「一体――」彼はそういいかけて言葉を飲み込んだ。
「わあ、すごいや、すごいや!これがレナードなの、アラン!」馬車を覆い尽くせるほどの巨体をしたアラスデアが、嬉しそうに喉を鳴らしながら、草むらから飛び出したのだ。レナードは悲鳴を上げず、怖がったりすることもなかったが、その場で音もなく失神した。
「……これがレナードなの?」アラスデアの期待に満ちた瞳が、ほんの少し陰った。
初めてテネンナムを見た時には、なんと大きな街だろうと思ったが、サドルトンを見ると、このくらいの規模の街は別段珍しいものではないのではないかと思えた。加えてサドルトンは新しい街だから城壁がなかった、大きな壁に四方を囲まれていたテネンナムよりもずっと広く、開放的な感じがした。街の外れに放牧されている羊たちの姿がくっきり見えてくる頃、レナードは再び荷台に身を隠した。今回は人形を出す必要はない。アランが御者席に座って、旅の人形芝居の芸人になりすました。街へと入っていく所に関所があった。レナードと旅を初めてから、何度となく関所や役人を騙して来たが、最初に相手が自分の顔を見る時の緊張感には、未だに慣れない。
「あんたも芸人かね」目尻、口角、頬と、顔に乗っかっているものがことごとく垂れ下がった顔の男が、胡散臭げにアランを見た。
「ああ。人形劇をやるんだ。この街じゃ珍しくないか?」
「許可証は?」珍しかろうがそうでなかろうが俺には関係ないと言わんばかりだ。きっと、彼らの王が来たって、この男はこういう顔つきで門の所に立つのだろう。
アランは左のポケットから、くしゃくしゃになった羊皮紙を出した。古すぎる点に気づかれませんように。実はこの許可証、2代前の王が発行したもので、王の名前が変わる度に、名前の所だけ削って書き直し、様々な芸人の手を渡り歩いた代物なのだ。印章や蝋封は王家の紋章だから、怪しまれることはないはずだが……。門番がうなずくと、垂れ下がっている頬がだらしなげに揺た。
「つい昨日来た見せ物小屋の連中は街の外れにテントを張った。ま、せいぜいがんばりな」
許可証はアランに返され、新顔の人形芸人は街へ入ることを許された。