「Mになった女王様」-1
高木美恵はせっかくの天気のいい日曜日だというのに今日もイライラしていた。
今日は午前中から中年M男を呼び出しムチを振るったのだか、やれ脚を舐めさせろだの、黒いハイヒールよりも白いほうが感じるだの、アナルを責めてくれだのわがままばかり言う。
「私は女王様よ、私の言う事が聞けないの!」と怒鳴ると、
「いやなら金を返せ。」と開き直った。別に欲しくてもらった訳ではない。断ったのにどうしても受け取れとうるさいからもらったまでだ。
「いらないわよこんなもの。別にお金には困ってないんだから。」美恵は一万円札をその男に叩きつけ股間を思いきり蹴りあげてやった。うずくまった男を革製の拘束具でギリギリ締め付け、くさりと南京錠でベッドに縛りつけた。
「死ぬまでそうしてな。」
そう捨てゼリフを残し、美恵は自分だけ服を着てさっさとホテルを出た。今年に入って三人目のM男だったが、どいつもこいつも美恵のストレスを解消してくれる程の奴隷はいない。
金に困ってない、というのは本当の話で、美恵は商事会社の海外先物取引部門で働くバリバリのキャリアウーマンで、その辺の並のサラリーマンよりはるかに多い収入を得ている。何もわざわざ中年の変態親父にこずかいをもらう必要などない。
イライラのおさまらない美恵は自分の車に乗り込み、派手にタイヤを鳴らしながらホテルの駐車場を出た。日曜日の都内は交通量も少なく、モタモタと走るホリデードライバー達をけちらしながら明治通りを海岸方向へ走り抜けた。
美恵は27才の若さにしてその仕事の腕前たるや相当のものだった。大学の経済学部に在学中から株も始めていて、その商才は同期入社の男性社員はもちろんかなりベテランの社員ですら美恵にはかなわない。おまけに170センチの長身、八等身のずば抜けたスタイルのよさ、初対面の男なら誰もがそのあまりの美しさに金縛りになってしまう程の美貌。タイトスーツに身を包み、日本人離れしたその足の長さはプロの一流モデルでさえ呆れる程だった。
しかし「出る杭は打たれる」の言葉通り、業績で美恵にかなわない男性社員達は美恵の事をあまりよく思ってない。またその美しさをねたむ女子社員も大勢いた。
「ああ、高木美恵ね。確かに美人だけどありゃ冷酷美人だよ。」同僚社員達からはこんな声も聞かれた。そのため美恵は社内では少し浮いている。ただでさえストレスの溜まるこの業界内で、さらにこの最悪の人間関係の中で、美恵はこのところ毎日イライラしている。M男を調教するのは唯一のストレス解消法だった。特定の恋人など欲しいとも思わない。男などわずらわしいし、面倒臭くて仕事のじゃまになるだけだ。男はいじめるためだけにあるものだとさえ思っていた。
新木場の貯木場まで車を走らせ、海沿いに車を止めた。日曜日であるために人影もなく、乱雑で殺風景な場所だ。東京のベイエリアがどんどん洒落たスポットに生まれ変わる中で、ここだけは唯一取り残されているような感がある。美恵は車を降りてサングラスをはずし、タバコに火をつけた。美恵にとってはむしろ派手に飾りたてられた所よりも、こんな何もない殺風景で倉庫が立ち並ぶ海辺のほうが好みに合う。人付き合いが下手だからか、どうも賑やかな場所は好きになれなかった。何となく気分が晴れない時はいつもここへ来てぼんやり景色を眺めるのがくせになっている。
堤防を目で追っていくと、少し離れた所にバイクを停めてやはり海を見ている男が目についた。遠目に見る限りけっこういい男に見える。美恵は口元に含み笑いを浮かべながらその男に近づいて行った。今日はもう一人くらいはいじめ倒さないと気が収まらない。自分の美しさで落とせない男などいない、そう絶対の自信がある。一日男を虐めて楽しんだあと、適当に別れるつもりだ。