想-white&black-M-5
「あの、じゃあ車まで送ります」
そう言うと麻斗さんは、ありがとう、と柔らかく笑った。
「いや、ここでいい。傘は花音が使いなよ」
「だけどそれじゃ……」
麻斗さんが雨で濡れてしまうじゃないか。
言いたいことが伝わったのか麻斗さんが私の頬を軽く抓った。
「俺は平気だって。それに車まで来られたらそのまま連れていきたくなるだろ」
そう冗談めかすように言って笑ったが麻斗さんの表情はどこか翳って見え、思わず言葉を失ってしまった。
「気にするなって。俺は花音に忘れ物を届けに来ただけだから」
傘を私に手渡すと麻斗さんはそっと優しく頬を撫でてから雨の中を歩いていく。
その背中を見送らずにはいられなくて、せっかく温かくなった私の指先はまた冷えてしまった。
「そんなに濡れてどこに行っていた」
「………」
麻斗さんを見送った後複雑な感情を抱えながら屋敷へ戻ると、いつからいたのか楓さんが玄関先に立ち腕を組みながらこちらを見据えていた。
辺りは雨が地面や傘を叩きつける音以外何もしない。
だが楓さんの低い声はやたらはっきりと耳に入ってくるようだった。
「さっき双子から聞いたが麻斗が訪ねてきていたそうだな」
「……忘れ物を……、届けに来てくれたって……」
隠すことでもないのになぜか上手く言葉が出てこない。
目の前の楓さんの視線を受け止められず俯いた。
「それでなぜお前はそんな身なりでここにいる」
「私がまだ気を失ってる時に来たみたいで、……どうしてもお礼が言いたくて」
それは嘘じゃない。
わざわざこんな雨の日に持ってきてくれた。
今はあまり足を向けたくないであろうこの場所に。
だが楓さんの怒りは収まらないようで口調も酷く冷ややかになっていく。
「あの男はそんなことを口実にお前に手を出しに来たんだって分からないのか。そんなに頭が弱いのか、お前は。それともわざとそんな真似をしてるんじゃないだろうな」
(なっ……。)
あまりの言葉に何も言えなくなってしまった。
気に入らないかもしれないが、そこまで言われる筋合いもない。
第一麻斗さんはわざわざ私の事を思って来てくれたのだ。
一見軽く見えるが、あんなに優しい人はいないと思う。
時々強引な部分もあるがそれだって私を想っているからだとはっきり口にしてくれた。