想-white&black-M-4
「これ、亡くなった母の形見なんです」
「そうだったのか。ずいぶん価値のありそうな代物っぽいし、そうじゃなくても花音にとっては大事なもんだったんだな」
そう言って麻斗さんは私の頭を優しく撫でる。
「私には価値はどのくらいのものなのか分かりませんけど、宝石もブランドも興味のなかった母が唯一大事にしていたのを覚えてるんです。それが亡くなる一週間前にいきなり私にくれて……」
「へえ。もしかしたら花音の母親は何か感じていたのかもしれないな。でもさ、どちらにしてもその大事にしていたネックレスが花音の元に戻ってきっと安心してるって」
その言葉に胸が熱くなる。
「そう、ですね」
両親が突然私を残したまま亡くなり、私の物以外はほとんど親戚達に渡ったり処分されてしまった。
その手続きやらも何もかも英がやってくれたと聞く。
あの時このネックレスが親戚達の誰かの手に渡っていたら売り払われていたかもしれない。
母がこうなることを分かっていたはずはないが、今になって思えば私に譲り渡したことに何か意味があるようにも思えた。
「麻斗さん、ありがとうございます。無くしちゃったんだって思ってたから、もうこうして目にすることもないと思ってました」
「いいって。俺はネックレスを口実にフィアンセに会いに来ただけだからな」
そう言って悪戯っぽく笑う麻斗さんの顔を思わず見つめてしまう。
「フィアンセって……、私は……」
皆の前で麻斗さんは私を婚約者として紹介したが、それはもちろん正式な話ではないし悪い言い方をすれば彼の一方的な作り話だ。
「花音、この際だからもう一度言っておくけど俺は本気。俺なら花音が楽しい時も寂しい時もいつだって側にいてやれる。ぜーったいにいつか花音をここから必ず連れだしてみせるからな」
言い方は明るいが私を見つめてくる双眸は真剣な光が見えた。
こんな風に想ってくれる人など他にはいないかもしれない。
私にはもったいなさすぎる程素敵な男性だ。
「麻斗さん……」
どう言ったらいいのか分からず視線を地面に落とすと、不意に、だがどこか遠慮がちに抱き寄せられた。
懐かしい麻斗さんの香りが雨の匂いと混ざり合う。
触れ合った部分が温かい。
「花音のこと困らせてんの分かってんのにごめん。俺はやるっつったら必ずやる。もう手段は選ばねえから」
「あ、あの……」
言いかけた私を遮るように麻斗さんは身体を離してしまった。
「じゃあ俺はこの先に車を待たせてるから。何となく楓ん家の前まで乗り付ける気にならなくてさ。あいつに見つかる前に退散するわ」
やはり今日は楓さんの目を盗んでここまで来てくれたのかと申し訳なく感じる。
私さえいなければ楓さんと麻斗さんは今まで通り、お互いを避けたりしなくても良かったはずなのだから。