【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-5
「ヘリントン。穏やかじゃないな。まさかもう一つ砦を立てるのか?」
ロスが身を乗り出したところに、酒と香水のの意をぷんぷんさせた売春婦がやってきて、首筋にかじりついた。ロスは彼女の誘いをのらりくらりと交わして、彼女を待つ別の客の所へと送り出した。
「いやぁ、人気者はこれだから」彼は言って、大きなげっぷをした。「とてもじゃねえが身が持たないって」にやけ顔が赤らんできた。酒が完全に回ってしまう前に、グリーアは情報をとせっついた。
「ん?何の話だっけ?ああ、いや。砦じゃない。俺の見立てじゃあ、どうやら兵舎を建てるつもりらしい」
「兵舎?」グリーアが目を丸くした。「何であんなところに?こちらの動きを警戒してか?」
「西の港で動きがあるそうじゃねえか。カルディフには収まりきらないくらいの野郎共が居るって話だ。そいつらが何をやってるか知ってるか?最近、港で流行ってるのは、網屋より大工なんだとよ」
「さっぱり分からない」グリーアが両手を挙げた。
「大工が箱を作る」ロスは左手に持ったコップをくるくると回した。「箱を船に載せ、海に出る、箱の中にものを詰めて、陸に戻る……そいつを、ヘリントンの兵舎の檻にぶち込む。乗る奴が片っ端から死んでくから、船は人手不足でね。最近じゃ陸にも漁師が出てるってね。ただしとるのは魚じゃない。船に乗せる人間さ。どのみち、船が足りないからそうそう海には出れねえようだが」
「まさか」アランが言った。「海の怪物共を捕まえて、内陸に運び込んでるの?」
「こっちのでくの坊より頭の回転が速いね」ロスは、もう3本しか残ってない歯をむき出してにっと笑った。「怪物の軍隊さ」
「馬鹿な。怪物がおとなしく人間の言うことを聞くはずがない……ましてや、軍隊だと?」グリーアはかたくなにロスの説を突っぱねた。ロスは、そう思うならどうぞ御勝手にとばかりに肩をすぼめ、今度はアランに言った。
「助っ人が居るのさ」
「助っ人?」グリーアが再びロスの話に食いついたが、彼は無視した。
「あいつの姿を見たのは、誓って俺だけだ。だが間違いはないよ。この目にしっかりと焼き付けたからな……恐ろしい魔術師さ」だんだんと、口調が大道芸の口上に似てきた。
「そうだろうとも」グリーアが苛々と言った。予想以上に酒の回りが早いと気を揉んでいるのかも知れない。「どんな魔術師なんだ?」
「エレンの生き残りさ……そいつは。間違いなく、マクレイヴンの後継者だ」
「マクレイヴン!」アランが思わず立ち上がった。すかさずグリーアがアランの膝の裏を蹴って座らせる。「こんな所で目立つな、馬鹿!」
「ごめん」アランは慌ててテーブルに顔を伏せた。他の客に酔っぱらいの奇行だと思ってもらうためだ。一瞬自分に注がれた酒場の目が、次第に彼ら自身の手元に散っていくのを横目で確かめて、アランはため息をついた。
「確かなのか?確かにマクレイヴンだったのか?」グリーアも必死だった。死んだはずの友人の名前が、まさかこんな所で出てくるとは。ロスは自信たっぷりにうなずいた。