【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-4
酒場の喧噪に負けないように、男は声を張り上げていた。真っ黒な口ひげと、真っ黒な眉毛が鼻よりも前に飛び出している。そのくせ頭のてっぺんがつるりとはげているその男は、酒場の常連らしく、客や主人、商売女も含めた全員からロスと呼ばれていた。黒目がちな瞳が、どことなく犬のような印象を与える。人の良さそうな顔は、どこでこしらえたのかわからない細かな切り傷でいっぱいだった。
彼はエールのコップを片手に、自分の話を聞いてくれて、なおかつ気前よく酒をおごってくれるものの所にはどこへでも行った。アランとグリーアは順番待ちをしなければならなかった。なにしろその男の話はおもしろく、新鮮だ。四六時中酒場にいながら、どうやってそんな情報を集めているのか誰にも分からなかったが、エールを一樽おごってでも話を聞きたがるものは大勢いた。しかし、ロスの頭の中に、砦一つを楽に攻略できるほどの情報が詰まっている事を知る者は少ない。
ロスは慎重だった。酒場の入り口に現れた2人組を、他の客がするのと同じようにじっとみる。見慣れないマントをかぶった来訪者が厄介者か、それとも顔見知りなのかを店中の客が見極める5秒の間に、彼は2人の懐具合まで見抜いた。そして、他の客の相手をしている間も2人が帰らないことを確認すると、もうしばらく他の客との酒につきあってから2人のテーブルに着き、自分を待ってたのは分かってるんだという自信たっぷりの口調で言った。
「さて、何を聞きたい?」ではなく、「俺にはウイスキーを頼む」と。
グリーアがその通りに注文し、酒が手の中に収まると、彼は酒の匂いを嗅ぎ、眠気を覚まそうとするように2、3度頭を振った。
「白頭は相変わらず元気かい?」
「ああ、相変わらず頭の中はエメラルドでいっぱいだ」
それが、2人の間の合い言葉らしかった。アランがきょとんとしていると、ロスはグラスを持った手で彼女を示した。「そいで、このラッドは?」
「新しい弟子でね。もう1年になる」グリーアは言い、自分の酒を飲んだ。「何か動きはあるか?」
「つれねえんだから」ロスはアランに向かって言った。「半年ぶりだろ?その間ずっとどぶの匂いを嗅ぎまわってたってのに、ねぎらいの言葉もないのか?」
「言葉が何の役に立つ?俺のねぎらいの気持ちは、お前のコップの中に入ってるよ」ロスは、この言葉を受け、そして一気に酒を飲み干した。「じゃあ、ありがたく頂戴するよ。まだまだちっとも酔ってないんだ」他の客に恨めしげな視線をちらっとむける。「やつらはエールなら沢山起こってくれるよ、安いからな。だが、俺にとっちゃ本物の酒はこいつだけだ」そして、2杯目のウイスキーに目を細めた。
かくして、手に入った情報はアランを困惑させた。
「王キの砦の北に、教会の領地になってるだだっぴろい荒れ地がある。そこに、やつらはなにやら資材を運び込んでるぜ」
ゲオルギウスはトルヘア中に宮殿を有していて、一つ所にとどまることはあまりない。しかし王キと呼ばれるヘリントンには一番大きな城があり、教会の総本山も近い。王は1年で一番長くそこに身を置く。王キは、ほぼ円形のトルヘア島の東南に位置しており、権力と金が集中する大都市である。