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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:二部】二章:鐘の音-3

「家族はどうしたんだ、ばあちゃん?捨てられたの?」老女はほっほと笑った。小さな動きにも、柔らかな鈴の音がこぼれる。アランが側によると、やはりあの香の薫りがした。

「一体いつから居たんだ、全然気がつかなかったよ」

「眠っとる間に荷台から転げ落ちちまってねえ。何とか轍の跡を追いかけたんだけれど、何処へ行ったのやら……」老女は情けないよ、と言って笑った。アランの警戒心は徐々に解けた。しわくちゃの占い師に、彼女には見えない微笑みを投げかけると

「ほら、家族の所まで送ってやるから、負ぶさりな。まだそう遠くには行ってないんだろ」老女に背を向けてしゃがみ込んだ。老女は済まないねえとつぶやいて、アランの肩にそろそろと手を伸ばした。老女の身体を支えると、えい、と立ち上がる。思った以上に体重が重いことに、アランは気がついたが黙っておいた。

「ほら、仲間はどっちに行くって?まさか本当に捨てられたんじゃないだろうな?」

「土手を上がっていったよ」老女は、さっきアランが降りてきた急勾配の坂を指さした。確信に満ちた動きで。とたんにアランは足を止めた。目を見開き、坂を見つめる。

「婆さん……あんた見えるのか?」目の見えない人間に、坂があるかどうかを知る術があるか?そういえば、さっきも水浴びをしに来たアランの性別を当てた。女――見た目が、と言う意味だが――である可能性もあったというのに。動かないアランの背中で、老婆は再び、ヒヒヒと笑った。

「あんた、何者なんだ?」

「思ったよりは、頭が働くようだね」老女は言った。相変わらず、人を食ったような、笑い混じりの話し方で。「それでこそ、あの子が見込んだラシーだ」

「あの子?あの子って誰――」その問いを言い終わらないうちに、肩からふっと重みが消えた。パン、と何かが破裂する音。同時に強い匂いの煙が背中のあたりから立ち上る。

「うわっ!」

 アランは慌てて煙の手の届かないところまで走ってから振り向いた。夜の闇でただでさえ視界が悪いのに、立ちこめる黒煙のせいで何も見えなくなってしまった。

「お前、誰なんだ?」アランは狼狽しきった声を上げた。

「ユータルスにお行き」どこからともなく老女が言った。「ユータルスが危ない」

「ええ?」アランは文字通り煙に巻かれてた。リーン、リーンと、間隔を開けて遠ざかる鈴の音を耳にして、老婆が彼女に話しかける前には、その音が聞こえなかったことに思い至った。

 結局その日は水浴びをすることは出来なかった。仲間にもさっきの話はしなかった。頭の中で何度も老女の言葉を繰り返した。そして、盲目の人間が仲間の去っていった先をよどみなく指し示しておきながら、それがおかしいと気づかないほど自分の頭が悪いと思われていたことに、妙な悔しさを覚えた。



 何はともあれ、それからしばらくはユータルスについて何か変わったことがないか耳を澄ませていたのだが、特に変わったことはないようだった。しかし、考えれば考えるほど、老女の言葉が真実のように思えてきてしまう。

 チグナラの与太話なんか気にすることはないと、そう思える時もあった。盗みと騙しの天性を兼ね備えた民族。そう、ちょっとからかわれただけだったのだ。しかし、アランの自信がぐらついたのは、街へ買い物に出かけた時だった。他のクラナドに比べて容姿の目立たないアランとグリーアは、数ヶ月に一度、街へ出て必要なものを買い、情報を収集する。マーセラから聞いた、セバスティアヌスをエレンの王にするという計画が一体どこまで進められているのかも聞かなくてはならない。もしかしたらすでに国中に公布されているかもしれない。しかしその日仕入れた情報は、セバスティアヌスとは何の関係もなかった。


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