【イムラヴァ:二部】一章:暗雲と煙-10
アランがロイド達と出会ったあの時、クラナド達は篝火祭のために、柳の森へ集まる途中だったのだ。今年は祭りが行われる。忌まわしい記憶の残るコルデンの森に再び集まることはないだろうが、そうなると、祭にふさわしい森を見つけるのは難しい。コルデンは西の最果てにある森だが、あれ以上に目立たずに集まれる場所は、ほとんど無いと言ってもよかった。何しろ、2日間にわたってかがり火を焚く大がかりな祭だ。おまけに方々から人が集まって大変な騒ぎになる。小さな頃、アランが森の奥の方で煙を見たことがある。それを調べるためにウィリアムを連れ回し、大変なことになったのだが、今となっては、あれが祭のものだったとわかる。あの煙はかなりはっきりと見えていたのも、よく覚えている。
「何もこんな時に、危険を冒してまでやるべきでは無いのでは」アランは何度も、何度も説得を試みた。彼女が師にたてつくことは滅多にない――言いつけを無視することは多々あるにしても――が、この時ばかりはさすがに反対せざるを得なかった。旅の仲間を背後に引き連れて、ロイドは足早に森の中を歩いていた。追いつこうとするアランの息が上がってしまうほどの早足だ。
「言ったはずじゃ」ロイドはたった一言でアランを黙らせた。「こんな時だからこそ、集まらねばならん」
チグナラの一行と別れた後、アラン達の耳に飛び込んだ悪い報せ。トルヘアのゲオルギウス王が、息子セバスティアヌスをエレンの王に定める動きがあるという。あれからそんなに日は経っていないが、布告が出るのは時間の問題だろう。
正統にして神聖なる王の息子が、物の怪を駆逐し、神の祝福によって呪いを祓い、エレンをトルヘアの国土とする計画の始まり。トルヘアがエレンの本土侵攻を諦めてから長い時が過ぎた。そして、エレンの王が斃れて1年になる。新たな動きが起こるのを、皆息を潜めて待っていた。遅すぎると言っても良い今になって、再びエレン政略の計画を持ち出すと言うことは、何か策がある故だろう。荒廃したエレンに新たな都を構え、新たな王をそこに住まわせる事が出来るほどの妙策なのだろうか。
どのみち、これが実現してしまったら、逃れて生きながらえたエレンの民の帰る場所が無くなってしまう。皮肉なことだ、とアランは思った。エレンの民を追い払った怪物が、今では彼らの祖国を守る唯一の盾なんだから。
でこぼこした木の根に足を取られながらも、アランは師に追いすがって考え直すように言いつのった。
「でも、篝火なんか焚いたら目立ちますよ」
「この大たわけが。わしがわざわざ、狼煙を上げるような真似をすると思うか?」口ひげの下の口角がぐぐっと下がっていた。「むろん篝火など焚かんわ」
もうこれ以上は何も言わない方が良い。アランは歩調をゆるめ、すごすごと後ろを行く列に加わった。
「おっかないったら」ぼそっとつぶやくと、グリーアが忍び笑いを漏らした。
「見ててはらはらしたぞ、馬鹿だな」
「グリーアだって無謀だと思うだろ?だいたい、あんな事があってまだそんなに経って無いじゃないか……」
グリーアと出会った1年前に何が起こったか、2人ともそれを思い出して少しだけ気まずい空気が流れた。しかし、かつてのようなわだかまりも、誤解も2人の間には存在しない。初めて2人を見たものが決まって勘違いするように、今では彼らは、まるで兄弟のように仲が良かった。