昏い森-3
*
村の外れ、森が広がるその側に暁が生まれたときから住まう家がある。
また夜がきた―。
漆黒の闇を伴って。
誕生日の次の日、目を覚ますと既に暗夜はいなくなっていた。
肌を這った暗夜の唇の感触を暁はうっすらと思い出した。
暗夜と二人でいるときは余り感じなかったのに、一人の今日は森の気配が濃厚で、恐ろしくもある。
ざあっと風が強く吹いて、木々を揺らす音と、遠吠えする獣の鳴き声が低く聞こえてくる。
漂ってくる夜の闇に、暁は身を強ばらせ部屋の隅で気配を消して、ひたすらひっそりと朝がくるのを待った。
目をつむって、暗夜の黒い瞳を思い出す。
屋敷のごく近くで、鋭い獣の咆哮が聞こえた。
それは段々と大きくなって、暁に出てこいと呼んでいるようだった。
暁は恐ろしくて、両手で耳を押さえ、目をぎゅっと閉じる。
呪文のように、心の中で暗夜を繰返し呼んだ。
獣の声は止まなかった。
暁は観念したように、ふらりと立ち上がった。
やはり、自分の運命からは逃げられないのだ―。
暗夜は来ない。
どんなに愛しく思っても、暗夜ともう一緒にいることは出来ない。
暁は扉を開けた。
途端に冷たい夜気が飛び込んできて、薄い単を纏っただけの暁を凍えさせる。
背後に森を控えた外は、朔夜のせいもあって深い闇に包まれていた。
その夜のなかに、一点、場違いなほどの輝きを放つ異形の者がいた。
雄々しく、みなぎる力を秘めて覇者たる風格を森の全てへ向けて放っている。
銀糸のような毛並みは見事で、月を紡いで織ったように美しい。
だが左目から頬にかけて鋭い刀で一閃したような細長い傷が走り、片目を潰している。
大きな、狼だった。
ゆっくりと暁に近付くと、値踏みするよう、ぐるぐると彼女の廻りをまわり始めた。
暁は恐ろしくて、身を固くする。
やがて、満足したのか銀色の獣は一つ大きく頷いた。
その様子が酷く傲慢に、暁には映った。