ラプンツェルブルー 第10話-1
彼女は声をあげないままひとしきり泣いた後、ケヤキの幹にもたれ掛かるように腰をおろした僕に並んで、小さな頭を預けている。
「じかに座っちゃったけど大丈夫か?」
「うん、平気」
泣き疲れたのか、放心した様子に加え、ウサギのように赤くなった瞳と鼻先が、いつもより彼女を幼くみせたが、その表情は、どこかすっきりとしたようだった。
「どうしても今日埋めるのか?」
「もう、こんなふうに悩むのはこれで最後にしたいから」
「……で、何を埋める?」
クスクスと笑う彼女を横目で見ながら「なんだよ?」と問う。
「ようやく核心をついた。……でも、何を埋めるのか分かってたから、あの話をしてくれたんでしょう?」
やはり気づかれていたか。
少女趣味よろしく夢の話をしてしまった事を思い返すと火を噴きそうだったが、脈絡がないと思われることもなかったし、彼女の落ち着いた様子から、あながち無駄ではなかったんだろう。
いや、恥ずかしいのは取り繕う術もないのだが。
そんな僕の安堵と葛藤を知ってか知らずか。
「埋めるのは、このオルゴールとわたし」
げっ。まだ言うのかよ。……と強張る僕の様子は隣にいる人にも伝わったようだ。
再びクスクスと笑う声が耳をくすぐる。
「……の予定だったけど、津田くんをお尋ね者にするわけにはいかないから」
お尋ね者っていつの時代の話だよ?と僕がつっこむと。
「だって津田くんのラプンツェルとわたしはイメージが重なるんでしょう?」
と図星を突かれぐぅと黙らされる。
いや、夢の住人は夢見る他力本願。かたや、なかなかクールに物事の本質を看破する現実の君はずいぶん手ごわいよ。
さすがにこれを言うのは控えておく。
彼女はふらり……と夢から醒めたばかりのような危うげな足どりで立ち上がると、傍らの大きなハサミを拾い上げ僕を振り返った。
「やっぱり自分じゃムリだから切ってくれる?これを身替わりに」
「やだね」
最後まで聞かないうちに返ってきた僕の即答に彼女の瞳が大きく見開かれる。
やっぱり夢のあの人と重なるところもある。
「なぁ」
立ち上がり土をはらって一歩前へ。
「電車で早川を助けたお節介が誰だったか忘れたのかよ?」
言いながら、彼女の手の中のハサミを取り上げると、彼女が微かに身をすくめるのがわかった。
なんだよ。と苦笑いが漏れる。
「自分が他人に取って代わってもムリなんじゃないか」
弾かれるように僕を見上げる彼女から目を逸らさないまま、僕の手に移ったそれを傍らに放り投げる。
ハサミは思うより大きな放物線を描いた後、派手な音をたてて再び地面に。
「埋めてやるよ。お望みどおり」
えっ?と驚く声に構わず、さっきまでハサミを持っていた手を取ると、彼女の小さな悲鳴を道連れに僕らは深淵へ飛び込んだ。