ラプンツェルブルー 第10話-3
「なんだよ」
「フツーじゃない人なんて津田くんぐらいかしら」
笑いすぎの息切れとは違う動悸をごまかすように彼女に背をむけたまま、「そうだな」とひとこと。
振り返る気配に構わず、
「こっち見てると目に砂が入るぞ」と残してから、土の壁に足をかけて一段上がってしまえば、深淵の縁に手が届いた。腕の力を利用して伸び上がり、一足先に地上に戻る。
「確かにフツーじゃないよな」
手のひらや膝、肩についた土をはらって深呼吸し、再び深淵に手を伸ばした。
「ほら」と差し出す手に眩しそうに目を細めてみせて、彼女の手が重なる。
「ま、惚れた弱みもあるしな」
びくりと跳ねる彼女の手を逃がさずそのままぐいと引き上げてやると、見た目に違わぬ軽い身体が地上に現れた。
深淵から出て来た彼女は耳まで赤くて、心なしか頬が膨らんでいる。
「あ、悪い。手、痛かったとか?」
そうじゃなくて!と俯いたまま首を横に降る仕草が子供っぽくて、笑いを堪えている僕を、キッと顔を上げて睨む顔は赤いままで。
ついに我慢の限界を振り切り、抗えず派手に笑ってしまうと、未だに顔を赤らめたままの彼女に「笑い過ぎ」と腕を抓られた。
「津田くんには驚かされっぱなしだわ!」
「私を埋めてくれってお願いに比べれば可愛いもんだろ?」
ぐっと黙る彼女にニッと口角を上げて微笑んでみせて、
「じゃ、元に戻しますか」
殊更明るく言ってみせてから、僕はシャベルを取り上げた。
「掘るのは時間がかかったのに」
「埋めるのはあっという間だな」
周りに積み上げられていた土の山がきれいさっぱり深淵に納まってしまうと、奇妙な寂漠感が僕を包んだ。
あんなにジリジリとしながらも、作業の間は密かにカタルシスなんてものを持ち合わせていたということか。
「なぁ、どうしてオルゴールなんだ?」
結局、地上に残された彼女の足元の箱に何か思い入れがあるものかと思ったら
「退屈な時に聞こうかなって」
「土の中で?」
そうだけど。とヘーゼルナッツの瞳が雄弁に語るのを見て、僕はがくりと肩を落とす。
気を取り直して、手や足元についた土をはらえば、ここでの作業はすべて終了。
シャベルを肩に担いで彼女を振り返る。
「さぁ、帰りますか」
と僕が切り出すのと。
「あの……」
と彼女が切り出すのはほぼ同時で。
「…………」
葉擦れのざわざわを聞きながら、しばらくの沈黙。