湿気-1
髪がぱさつく。肌がべとつく。
部屋が湿って気持ちまで湿ってしまう、嫌な季節。
私は決まってこの時期は何もやる気が起きない。
帰ってきたら制服も脱がずに床にごろりと寝転がった。
湿り過ぎて生えてきた茸みたいに、一歩も動かずに目を閉じる。
クーラーを点けてもすぐには風が流れてこないで、その苛立ちが余計に肌を湿らせた。
「邪魔、姉ちゃん」
私をひょいとまたがり、冷蔵庫からペットボトルを取り出して直ぐに閉めた弟。
気を遣って部屋の端っこに居座ったつもりだけど、確かに邪魔だった。冷蔵庫の真ん前は・・・
タンクトップにハーフパンツ姿の弟は、何やらいつもと違ってピリピリしてる気がする。
「どっか行くの?」
「走ってくる。すぐには戻らないから」
振り返らずに足早で外に出ていった。
そういえば部活の大会があるって聞いてたっけ。
今日は休みのはずなのに、自主練習か。精が出るね我が弟よ。
「ただいま〜〜、ああ重い!よいしょっと!」
弟と入れ替わる様に今度はお母さんが帰ってきた。
両手に抱えきれない位の大きさの袋を幾つもぶら下げて、力ずくで引き上げてテーブルに置いた。
あまりの重さにゆらゆらと小さく悲鳴を上げる様にテーブルが揺れる。
「お母さんも特訓?」
「何言ってるの?ご飯の支度に決まってるでしょ!」
流れてくる汗を拭いもしないで、袋からパック詰めのお肉や魚を冷蔵庫に詰め込んでいく。
単に今日作る分だけじゃなくて、買い溜めして明日、明後日以降も考えてるんだ。
わざわざ聞かなかったけどそんな気がした。
「・・・・・・」
目線を泳がせていると、ハンガーにかかった黒いジャージが見えた。
あれはお父さんのだ。
健康診断でお酒を止めろと言われて、悩んでたのを思い出した。
痩せたらまた飲めると勝手に結論出して、二ヶ月前からジョギングを始めたんだ。
走るうちに体重が落ちていくのが楽しくなったらしく、最近は無理なく禁酒出来ている。
・・・みんな、頑張ってるんだね。
弟も、お母さんも、お父さんも。こんなじめじめした嫌な季節にも関わらず。
私は
・・・私は・・・・・・
「ちょっと何処行くの?もうすぐご飯よ」
何処に行くのか。
それは私も分からなかった。
ただ、皆が自分のやるべき事をしている中で、自分だけがただ寝ているのが嫌になったのは確かだった。
何をしたいのか。
それはきっと、傘も差そうとしない私の思いが、答えてくれるかもしれない。
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