ラプンツェルブルー 第9話-5
なのに
「先生は最初から……ううん、私と出逢う前から」
春の花ようなあの人を選んでいた。
「電車で髪を切られそうになった時、これで諦められるかもって思ったの。だって自分で切るなんてできなかったから」
彼女は泣きながら苦笑を浮かべた。実際のところ笑ったつもりが上手く笑えてないだけなのかもしれなかったが。
「解ってたの。先生にとって私はお姉ちゃんの妹でしかないって。お姉ちゃんにかないっこないって。でも……」
ここで彼女の心のたが緩んだのか。空を仰ぐと微かにしゃくりあげる声がもれ、そこでようやく泣いている自分に気づいたようだった。
「やだ……ごめんなさい」
慌てて――とはいえいつもより緩慢に――ハサミを持っていない手で涙を拭う。
そこが僕の限界だった。
あんなに踏み込むことをためらった3メートルの距離を一気に越えて。
次の時には彼女を抱きしめていた。
がしゃん。とハサミが地面に触れる金属音が耳に障る。
彼女は雷に撃たれたように身動きもできないまま、僕の腕に収まっている。
戸惑いを隠せないまま僕の名を呼ぶ掠れた涙声に、僕の胸がわしづかみにされる。
「気にするなよ。こうすれば見えないから」
腕の中でこくんと小さく頷くのが解った。
そして、下がったままの二の腕が、おずおずとためらいがちに僕の背中に回り。
ひっく……とか細くて幼い声を発したのを合図に。
彼女は肩を震わせるのだった。
僕は彼女を預かったままケヤキにもたれ、震えるひどく頼りない背中をただ撫で続けるしかなくて。
慰める術のない自分を呪ってやる。
見上げたケヤキの隙間の空は、僕らの無力さを見下ろすように、青く広がっていた。