ラプンツェルブルー 第9話-4
でも、別に連れ出す役目が王子でなくてもいいとしたら……。
あるいは、思い続けたその人が、実は王子ではなかったとしたら……。
その後の展開は脚本担当の彼女の方が上手く運べるのではないだろうか?
早川。君は僕の夢の他力本願な人とは違うんだから、その塔に見切りをつけてさっさと出て来るといい。
傍観者の僕でさえ、あの人を連れ出す事は出来たんだ。
自分ひとりが無理なら、手を貸す事だってできる。
そんな思いがどこまで伝わったのか。
張り詰めたロープがぷつりと切れるような突然さで。
ヘーゼルナッツの瞳から、決壊した思いと共にどっと涙が溢れて頬をつたう。
「私、お姉ちゃんになりたかったの」
突拍子もない独白は彼女の番に取って代わった。
それは不思議な泣き方だった。なんというか、ただ涙が流れるだけのそれは見ているこちらの方の胸が痛むような。
嗚咽をもらすこともなければ、しゃくりあげるでもなく、ただ淡々と言葉を紡ぐのを、僕はただ見守るしかなかった。
「私たち似てないでしょう?でもね。ちゃんと血を分けた姉妹なの。とりわけ私はロシア人のおじいちゃんの血を強く統いたみたいで」
そう言いながら両の肩にさがるみつあみを白い手ですくい取る。
みつあみを見つめるヘーゼルナッツの瞳から、水の膜が張り詰めて頬をつたう。
「それがすごくイヤだった。髪も瞳も肌の色も薄くて。実際、他人からは好奇の目で見られてたし。だから、ずっとお姉ちゃんが羨ましかった」
今の彼女からはイメージできないが、かつてはお姉さんと同じように髪を短く切り揃え、深く帽子をかぶっていたのだという。
「それが全然似合わなくて。でもやめられなくって」
春のような明るい人柄の姉の周りに集まる人。それに比べ外見のコンプレックスが邪魔をして人を寄せつけられない彼女は、更にジレンマに押し潰されそうになっていたのだろう。
「そんな時に先生に出逢ったの」
姉の大学の先輩だというその人は、彼女を見るなりこう言ったのだ。
『早川が春の訪れを告げる白い花なら、千紗ちゃんは冬の満天の星を輝かせる羅紗の風だね』
「いかにも現国の先生を目指す人らしい形容で笑っちゃうけど」
と苦く笑う彼女にとって、そのひとことは、ずっと欲しかった光だっただろう。
『同じでないものを同じにしようとする難しさに悩むくらいなら、他とは違う輝きを大切にする難しさと楽しさに挑戦する方がいい』
だから
『君は君でいいんだよ』と。
「せっかくの綺麗な栗色なんだから、髪を伸ばしてみたら?なんて言ってくれてね」
ようやく自分らしさを取り戻し始めた彼女が、髪を伸ばし始め、生きる事と文学の楽しさを教えてくれた先生に惹かれていくのは当然の事で。