ラプンツェルブルー 第9話-3
「津田くん」
彼女の足元には彫刻がほどこされたオルゴールに似た古い木箱。
そして
華奢な白い手に握られるのは
「お待たせ。どこから手伝えばいい?」
微かに震えているのか、冬の陽射しを受け、気まぐれに微かなハレーションを繰り返す大きなハサミ。
彼女のところへ行って何ができ、何が変わるのか。
彼女に何を言い、どうするつもりなのか。
ここに来ても未だに答えが出ない。
彼女はもう『埋めるもの』を決めたというのに。
いや、穴を掘りはじめた時には『それ』は決まってて、埋めるのを『いつにする』かを決めかねていた。
ただ、それだけだろう。
なのに、まだ僕は問答を繰り返す作業から抜け出せない。
軽い眩暈を覚えるほどの僕の動揺と焦燥を見透かすかのように、ざわ。と木立が風に大きく踊ったのだった。
「何も訊かないのね」
僕を写し出すヘーゼルナッツの瞳は、ぞっとするほど無表情だった。
「前から薄々分かっていたんでしょう?」
「どうかな。予想外かもしれないだろ」
彼女と僕との距離は3メートル。踏み出す事も後ずさることもままならず、ただ目を逸らさずその距離を繋ぐだけでせいいっぱいのそれは、近くて遠くて。
でもきっとこれは僕のターンだろう。未だに繰り返す問答に答えも見つからないのだが。
「じゃあ訊くけど」
とりあえずここから始める。
訊けと促されたから。
ただし
「他人事には首を突っ込まない主義の俺が、早川の事に首を突っ込むのはどうしてだと思う?」
君の訊いて欲しい事じゃない。
予想に違わず、彼女の瞳に還ってきたのは『驚き』の表情だった。
「な?予想外だったろ?……あ、俺がお節介じゃないって早川は言ったけど、これってやっぱお節介なのかな?」
瞳が『戸惑う』色を湛えたのに構わず僕の独白を続けてやる。
まるで戦う術もなく、恐怖に任せてやみくもに、手にした物を投げるような滑稽さはこの際棚にあげてしまおう。
「前にラプンツェルの話をしたの覚えてるか?」
なけなしの戦術に選んだそれは、掛値なしに恥ずかしい独白だった。僕は今朝夢にみたばかりの他力本願な塔の住人との話を彼女に聞かせた。
彼女は、密かに思いを寄せるその人が自分を迎えに来る事はないと知りながら、思う事をやめられないでいる。
だから彼女は、抜け出した合コンの帰り道、『第1幕目だけ』と自らの配役を決めたのだろう。